第594回 フルヴァツカをいく!⑨ (最終回)

スティービーの助言に従って、安くて良心的なトラベルビューローを選び、ドブロブニク近郊をめぐる一日ツアーに参加しました。カナダ人、スコットランド人、英国人、ロシア人、ノルウェー人の、合計10数名でのミニバスツアーです。万里の長城と同じようなつくりの城壁が山をつたってのび、村をニ分割しているストンという町を訪れたり、小さなボートに乗ってコルチュラ島というマルコ・ポーロが生まれたといわれる島までクルージングしたり…。ストンからオレヴィッチという村に至るまで、ずっとワイナリーが続いているのを眺めながら「まるで山形の“フルーツ街道”みたい…」なんて思ってしまいました。

とあるワイナリーでは、英語の堪能な美人スタッフが、ユーモアも交えてそのワイナリーを案内し、ワイン作りについてのレクチャーをしてくれたうえ、5種類ものワインの試飲をさせてくれました。「こんなにおいしいワインなのに、お高くないのね。ハンガリーやブルガリアはよくあるけど、クロアチアのワインってあまり知名度がないわ。イギリスでは、見たことない。なぜなの?EU諸国にアピールして、もっともっと売り込むべきよ。きっとオファーがたくさんあるわ」イギリス人が意見すると、「あら、そういうあなたの国は、EUに加盟していないじゃないの」「だからこそ、何においても公平な意見がいえる部分もあるわ」「じゃあ、ぜひ声を大にして、それを言ってちょうだいな」英語圏のみなさんが議論?を白熱させているあいだ、ノルウェー人は我かんせず、とばかりに建物のそとでのんびりくつろいでいます。

離島へのクルーズの時も、彼らはやれ「風が冷たい」「救命胴衣の着用は、義務付けられていないの?」などと言って、ちいさな船室に窮屈そうに収まっていましたが、ノルウェー人と私は断然“甲板派”でした。「風が気持ちいいね!」「中にいるの、もったいないわ」「あ、写真とってあげましょうか?」「ありがとう!」「ねぇ、ノルウェーって…もしかしてラップランドの方に住んでいるの?」「そうよ。あ、写真見せてあげる。冬はサイコーよ!ほら…」彼女は、冬には湖が凍って素晴らしいスケート場になることとか、となりの家まではスキーで移動するのよ、などと、とても誇らしげに話して、デジカメに入っている写真を見せくれました。

彼女は終始、EU内の貿易や格差のこと、シェンゲンに入った後のクロアチアの物価の動向などについてよりも、海の色や地形、風や雲のうつろいの方がずっと興味深い…、といったふうでした。ロシア人の親子は他者と交わろうとはせず、常に二人で静かにロシア語で会話をしていました。

さて、ドブロブニクの素晴らしさについては、ここでは語りません。と、いうよりも語りつくせる自信がありません。

城壁に囲まれた旧市街地では今も人々が生活をし、小さくてステキなお店が軒を連ね…。お店の看板はすべてランタンで、夜になるとそれがいかにも温かい明かりを、やわらかく放ちます。朝早くから夜更けまで、世界中からの観光客でにぎわい、城壁を歩く入り口は時として行列ができるほどです。

宮崎駿監督の『魔女の宅急便』で印象的だった、あのレンガの家々とアドリア海が一望できる山のてっぺんに登るケーブルカーはひっきりなしに稼動していて、往きも帰りもたくさんの乗客でいっぱい。ここが魅力にあふれた街であることを物語っています。

ここでも私は、自分の足と感覚に頼ることにしました。つまり、ケーブルカーに乗らずに、あの絶景を自力で手に入れようと考えたのです。地図を見ると、山に登りきってからでは、眼下の旧市街地がかなり遠くに見えるはず。海岸線もレンガの屋根も、もっと近くで見渡せるスポットを、自分の足で山を登って見つけることを、ここでのハイライトにしようと決めたのです。

住宅街の間にのびる細く急な坂道を、後ろを、というより、“下”を振り返りつつ、どんどん登ります。20~30分ほど登れば、かなりの高さに達する角度の坂です。どのくらいの時間、歩いたでしょうか…。息が上がり始めた頃、ついにすべてを見渡すことができる素晴らしい眺望の場所を見つけました。「やった!最高!!」でも…。喜んだのもつかの間、いざ記念に写真に収めようとすると、どうしても電話線と思しきケーブルがうつってしまうのです。

でも、考えてみたら、写真なんてどうでもいいことでした。そもそも、世界遺産などの名所を観光しに来たのでもなければ、記録を残すために来たのでもない…。ただただ、様々なシーンや人々とのふれあいを胸に刻みたい、と、いうことと、自分の直感や判断力を試したい、というのが今回の旅の動機だったのですから。まさに、“記録”が欲しかったのではなく、“記憶”を残す旅をしたかったのです。

“残す”。自分が後世になにを残せるか、ということを、人はたびたび考えます。私は、情けないことかもしれませんが、何を残そう、なんて、なかなか見出せずにいます。美しいところを訪れ、自然や歴史の大きさ、深さに触れるにつけ、何か業績やモノを残すことよりも、これ以上地球に悪いものを残さないためには何をすべきか、何はしないべきか…。そして、これからの子どもたちのために、どんな価値観とともに、どんな生き方を選択すべきか、ということが頭をよぎるのです。

ひとの心の支えとなるものは、何なのか。ひとの人生を本当に輝かせるものは、何なのか。…旅にでるたび、少しずつですがクリアになってくるような気がします。それを日々育み、周囲に与えることができるような人になることが、私の夢です。

2012年12月21日

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