第575回 続・高温多湿対策

何年か前に自己流の年末の大掃除方法をこのエッセイで紹介したところ、意外な(?)ご好評を頂きました。1~2年前にはやはり、自分なりの梅雨の高温多湿対策について書いたこともあります。ボサノヴァなど、ゆるめの音楽を聴いたり、体を適度に冷やす食べ物を摂ったり、爽やかなハーブのアロマを焚いたり…、というような内容だったと記憶していますが、今日はその続編を。

例えば、「不快な湿気ですね」「あいにくのお天気になってしまって…」など、“不快”“あいにく”といったマイナスイメージの単語を、周囲の人になるべく自分から口にしないようにしています。これは、自分自身の気分をカラッと快適に保つために、季節を問わずここ数年心がけていることです。

とはいえ、雨の降るなかを来てくださった生徒さんには「雨の中、大変でしたね。まだかなり降ってますか?」などと尋ねたりしますし、相手の方が「今日は蒸しむしして、なんだか気持ち悪いわ」とおっしゃれば「本当にね。梅雨があければまた暑くなるとはいえ、今しばらくは“こらえ時”ね」などと、受け答えもします。

でも、自分からは言いません。そのかわり、できるだけ気分が軽くなるようなことを言うようにしています。例えば、生徒さんに「急に雨、降ってきちゃったけど、ぬれなかった?雨で木の幹や葉っぱが洗われて、きれいになっていたでしょう?」とか、「○○ちゃんは、雨の降り始めたときのアスファルトのにおいって、好き?」とか、「先生この前ね、水たまりで虫がすごく変な泳ぎ方をしているのを見つけて、ひとりで笑っちゃった~」などなど、少しでも気持ちが晴れやかになるようなことを発信するように、ひそかに気をつけています。

もちろん“恵みの雨”はともかくとして、湿気に閉口してしまうことは、正直、ままあるのです。楽器は機嫌が悪くなるし、洗濯物はパリっと乾いてくれないし…。でも、そんな時には、亜熱帯の国でバカンスを過ごしている気分になって乗り切ることにしています。例えば、色彩のハッキリとした、派手目なプリントのロングワンピースを着たり、大ぶりなピアスやキラキラ光るロングネックレスをつけたり、“高温多湿に耐えている自分へのご褒美”として、ちょっと贅沢なトロピカルフルーツを食べてみたり。この頃はパイナップル、マンゴーやパパイヤだけでなく、ドラゴンフルーツやらマンゴスチンといった南国のフルーツも手に入りやすくなって、嬉しい限りです。

それから、個人的なことですが、夏には身に纏うフレグランス(香水)を変えています。秋や冬に似合う、こっくりとしたやや濃厚な香りに変えて、爽やかでリラックス感のある香りを選ぶことにしています。音はもちろん、香りが精神に与える影響というのも、確実にあるような気がしています。

普段の器を一部、ガラスに替えてみるのも、オススメです。飲み物やフルーツヨーグルトなどのデザートだけでなく、酢の物、香の物(おしんこ)など、野菜やお惣菜の類をガラスの器に盛り付けると、それだけで清涼感が増します。

今から10数年前、当時山形市内に住んでいたチェリストの友人のお宅に招かれたことがありました。山形市は、冬は寒いイメージがありますが、夏は熊谷市と並んで全国有数の高温になるところで、冷やしラーメンや冷やしシャンプーといった、暑さを乗り切るためのユニークなご当地文化(?)があることでも知られています。

その山形市で、アメリカ人の旦那さまと、ふたりの子どもたちと暮らしていた中国人の彼女は、エアコンに頼ることなく、夜になると窓を開け、簾をおろして庭先にライトを持っていって灯しました。緑のバルコニーがとても幻想的に映し出されて、実際には山形市内の古い日本家屋の広縁にいるのに、まるでリゾートホテルのコテージに佇んでいるような、ロマンティックな気分になりました。でも…。私には、気にかかることがありました。「ねぇ、夜にこんなに明かりを灯したりして、虫が寄ってこない?」蛾が大の苦手な私がおずおずと尋ねると「寄ってくるわよ。でも、明かりは外にあるのだから、平気。家の中には入ってこないもの」と、彼女はまさに涼しい顔でした。

語らいのお供は、彼女が故郷から取り寄せたジャスミン茶と竹のザルにのった果物。そのザルは、冷麦や素麺などを乗せるのに一般的に使われている、何の変哲もないものでしたが、果物をのせてゲストにサーブする、というアイディアはとても新鮮でした。気負いも気取りもないさりげない演出に、ついついおしゃべりもはずみます。ふと見ると、窓辺に置かれた籐の棚にはカラフルなガラス瓶がいくつか並んでいました。「ガラスの瓶って好きなの。光をとおすとさらに色美しく輝くから、わざと窓辺に飾っているのよ」そういう意味では、風鈴って素晴らしい!ガラスに描かれた涼やかな絵、それがかもし出す不規則で快い音色…。まさに“用の美”の結晶です。昔の日本人のセンスと智恵には、いまさらながらに頭が下がります。

その時の彼女のお宅滞在によって、生活を楽しむことや、豊かさを感じながら過ごす鍵は、こんなちょっとした心の持ちようにあるのだ、と、気づかされた思いでした。毎日のように口にする言葉や、目にする、手にする器などに少しばかり意識を向けるようになったのは、この体験が切っ掛けだったのかもしれません。

文句を言っても言わなくても、日本の梅雨はじめじめするし、夏は暑くなるもの。せめて、気持ちだけでも晴ればれと涼やかに過ごしたい…と、いいつつ、やはり梅雨明けの待ち遠しいこの頃です。

2012年07月06日

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