第571回 ドキドキダイビングレポート 其のニ

とにかく、すべてが初めてのことです。その上、ほとんどカナヅチ。ウェットスーツを身につけて、小型船でダイビングポイントに移動するまでの間にインストラクターのテルさんからレクチャーを受けるも、あまりにも海に不慣れなので、どういうことになるやら想像もつきません。不安は募るばかりです。

動き出して小一時間後、小型船のエンジンが止まりました。まずはシュノーケリングです。マスクとフィン(足ヒレ)をつけ、いざ海に入ってみると足がすくんでしまいました。「大丈夫ですか?」「…あの~、ここって足、下につかないんですよね?」なんて間抜けなことを質問しているんだろう、と、我ながらゲンナリしましたが、テルさんはいやな顔ひとつせず「そうですね。でも、大丈夫ですよ。コレ(浮きわ)につかまってれば。顔、水につけてみましょうか」と、さわやかです。そのさわやかな笑顔につられて、ぶくぶく…。

眼下には別世界が広がっていました。図鑑でしか見たことのないような、楽園です。「すごーい!」「きれい~!」しっかり管をくわえていなければいけないのに、つい声がでてしまいます。鼻にも口にも海水が入ってしまうことに戸惑いながらも、ぶくぶく…。いつのまにかテルさんは下まで潜り、おみやげに見事なナマコを摂ってきてくれました。「はい!」…またもさわやかな笑顔とともに、妹が私にふりかざして追いかけてきたヒトデよりもはるかにグロテスクなそれを、しかも二つも“手渡し”てくれました。

「最初に食べた人、エライよね~」と、よく語られるナマコ。恐る恐る手にとってみると、なぁんだ、案外愛らしい感触ではありませんか。なるほど、まずはこうして「海と友達になろう!」ということね。私が、初めて楽器を触る方に「楽器はこわくない。楽器と仲良くなろう!」という方向で指導するのと同じかも…。

などと、内心、感心している私のマスクをチェックしながらテルさんが「何かいろいろ言ってましたね~。でも、海の中ではしゃべっても聞こえないので…」と笑い、「表情が豊かで口元が上がって(笑って)しまうみたいで、マスクがずれてますね。口はしっかりこれをくわえて、海の中ではポーカーフェイスで!」とのアドバイス。ふむふむ、そうよね。

さて、場所を移して、いよいよダイビング…海底に潜ります。ボンベの重さにひっくり返りそうになりながら、いよいよ入水。「じゃ、まず、また顔をつけて呼吸を確認してみましょう」ところがどうしたことでしょう、体につけた機材の違和感もあって、緊張で胸がドキドキ…。息苦しくて、とても潜れるような気がしません。「大丈夫そうですか?」「あの~、さっきと違って、潜ったらしばらくは潜りっぱなしになるんですよね?」不安から、またも間抜けな質問が。「そうですね」「なんだかきちんと呼吸できるか、不安で…」「海の中に入ってしまえば、慣れるし大丈夫ですよ」

そう言ってもらってもなかなか潜れずにいる私に、テルさんは「じゃ、さっきみたいに顔をつけて少し練習しましょう」と、手を引いてくれました。泳ぎながらたえず、ジェスチャーで「大丈夫?」と確認してくれます。呼吸も落ち着いてきました。「慣れてきたみたいだから、少しずつ下がってみましょうか」ここで大切なのは、水圧の変化に対して行なう“耳抜き”と呼ばれる作業です。少し下がるたびにテルさんに耳抜きを促されながら、ゆっくり、ゆっくり潜っていきます。きちんとできるかどうか心配していた耳抜きでしたが、なんとかできているらしく、耳が痛くなることなく潜っていくことができました。

とうとう、海底に着きました。なんとういことでしょう!目の前に広がる見事な珊瑚礁、そしてそこを行き交う美しい魚たち。ウミウシやクマノミの仲間もいます。ここからは、ジェスチャーとボード(水中ノート)での筆談です(といっても、私はほとんど頷くことしかできませんでしたが)。「もぐれたね!」「練習ってすげー!」「どのくらいの深さだと思う?」「8メートル弱くらいだよ」「じゃ、ゆっくりお散歩しようか」

途中、写真を撮ってくれたり、珍しい生き物を拾っては「食べられるかな?」と、レギュレータの管を口から外して噛み付いてみては「なまぐさい!これはボツ!」とふざけるものだから、つい、笑ってしまってまたもむせるのでした。色々な魚を指差しては「これは何々」と、その名前を教えてくれたり(残念ながら、余裕がなくてほとんど覚えていない!)、不思議なものをつまみ上げ、「ここで問題!これは何の仲間でしょう?1.海藻、2.貝、3.魚」と、クイズを出してくれたりと、すごいサービス精神です。海の中を、そしてダイビングを楽しんでもらいたい、というテルさんの気持ちが伝わってきました。30分が、あっという間でした。

何よりも驚いたのは、海の中の静けさでした。考えてみたら当たり前のことですが、自分が呼吸する音しか聞こえないのです。目の前いっぱいに広がる信じられないような美しい色彩と自由自在に泳ぐ魚たちの世界…ここでは、人間はエライどころか他のどの生き物よりも非力です。その神聖なほどの美しさ、静けさに、まるで教会の中に入ったときのような厳粛な気持ちになりました。さまざまな感動をもらいながらただひたすら静かに呼吸を繰り返し、その完璧な世界をなるべく邪魔しないよう、傷つけないよう、控えめに慎ましく過ごすこと。海に生きる彼らと同化して佇む感覚の、何ともいい表しがたい素晴らしさ。…海の中のすべての存在に、感謝したくなりました。決して無理をさせず、穏やかにゆっくりと海の中に導いてくれたテルさん、石垣島に誘ってくれた友人にも、もちろん大感謝!です。

人がいつもこんな気持ちを抱いて、周りの自然や生物(人間も含めて!)と接していけたら、世界は、地球は、どんなに平和が保たれることだろうなあ、などと考えながら、船の上で頂いた温かい豚汁が抜群に美味しかったことも、忘れがたい思い出になりそうです。

(*写真はダイビングの翌日、テルさんと。)

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2012年06月08日

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