第562回 歌の翼に

先週、久しぶりに仙台に帰省しました。初日は蔵王のふもとの温泉に泊まり、まだ今年の冬最後になるであろう“雪見湯”を楽しみました。大地から滾々と沸きでるお湯の温かさ、3月末だというのに容赦のない空気の冷たさ…自然のしっかりとした息づかいが感じられる場所にくると、他からは得がたいパワーをもらえる気がします。

二日目は、幼稚園と高校が一緒だった幼なじみと会食。幼稚園、ではなく、正確にはとある音楽学校の“幼稚科”で、ピアノかヴァイオリンの個人レッスンが必修カリキュラムになっていました。その他にもリトミックと呼ばれる音感トレーニングや聴音なども組み込まれているユニークな幼稚教育機関で、出欠をとるときもミュージカル仕立て。先生がピアノを弾きながら、メロディーにのせて「美奈子ちゃ~ん、美奈子ちゃ~ん、どっこでっすか~?」と呼びかけると私が「こっこでっす、こっこでっす、ここにい~ます~♪」と答える、という調子です。おかげで、音楽は私の日常になくてはならないものになりました。

そんな特殊(?)で、園児の数も多くないところでしたので、一人ひとりのお友達も個性的でそれぞれに印象深く、小学校、中学校と別々だったのに高校で再び一緒になったときには懐かしさに心が震えたものでした。

「S先生のレッスン、いやだったな。わたし、S先生にひどいこと言われたのよ。それでピアノがいやになっちゃったの」「私、先生に褒めてもらったこと、一回しかなくて…だからその場所、今でもはっきりと覚えているの(笑)」そんな話を聞くと、今まさに、生徒さんを指導する立場にある私は懐かしさよりも感慨にふけってしまいます。「そうか、先生のひと言って重いのね…」「そうよ。美奈ちゃん、生徒さんは褒めて育ててあげてね」

うん、そうね、と答えながら、ふと自分のことを振り返ってみました。私も確かに、幼児期は先生にたくさん褒めてもらって、それに気をよくして頑張ったクチですが、逆に思春期は生意気にも叱ってくれる先生しか信用できないところがありました。

その頃には、自分が完璧でないことは重々理解していたのです。出来ていないところや、きちんと分っていないところ…つっ込みどころは満載なはず。それなのに、上手ね、よくできました、と褒めていただいたりしたら「そんなはずはない。私よりも上手な人はたくさんいるのに…」「これでいいとは思えない。何が足りないのか、どこをなおすべきなのか、もっとちゃんと教えてほしい…」と、かえってストレスと不安を抱え、暗澹たる気持ちで先生のお宅を後にしたのを覚えています。

生徒さんを教えるのは、個室でのマンツーマン。一人ひとりの個性や求めているものが何なのかきちんと見定め、自分が教えたいことを伝えるというよりも、まず彼らが何を求めているのかを汲み取ることが先決です。楽しくも、いろいろなことを考えさせられた、充実したひとときでした。

三日目には、久しぶりに仙台フィルハーモニー管弦楽団のコンサートを聴きました。懐かしい楽団員の方々、そして懐かしい響き…。客席で演奏を聴きながら、仙台で過ごしたたくさんの時間や仙台フィルと共演したときの思い出などが一気に押し寄せてきて、気がつくと目に涙がたまっていました。

「美奈子ちゃん、久しぶり!ステージから見えてたよ~!」終演後には、何人ものメンバーの方が声をかけてくださいました。まったくお変わりない姿で、以前と変わらなく気さくに接してくださる皆さんに、またまた胸がいっぱいに…。

仙台フィルとそのメンバーが、震災のあと、どんなに大変な一年を送ってきたか、少しは知っています。楽団員の方々は避難所や町中でほとんど毎日のようにチャリティーコンサートを重ね、街の、そして人の心の復興や音楽の普及のため、まさに身を削るような日々を送ってきました。懐かしい面々と再会し、その笑顔に触れて、どんなに温かな、そして大きな励ましをもらったことでしょう。

故郷に、大好きな懐かしい人たちがいて、胸が熱くなるような懐かしい音がある…こんなに幸せで、心強いことがあるでしょうか。故郷を想うことは、そのまま掛けがえのない人たちを想うこと。それはそのまま両親を想うことであり、ひいては日本という祖国を想うことにつながります。

最終日は、残雪の美しい磐梯山を眺めながら、コンクールの課題曲講座の仕事のため会津若松を目指しました。講座の間は晴れていましたが、終わってまもなく吹雪になりました。前が真っ白で何も見えなくなるほどの横殴りの雪の中、一路桜の花が綻びはじめている東京へ、移動。

東北の桜には、長く厳しい冬を乗り越えた人々が、春だけでなく生命の悦びをも謳歌するに足る、圧倒的な誇らしさと格別な美しさがあるように思います。4月も半ばになろうというのに、まだまだ最高気温が10度に満たない日も多い東北地方にも、人々に笑顔をもたらす春がはやく訪れることを願ってやみません。

“歌の翼に、恋しい君をのせて / ガンジスの輝く美しい野辺へと君を運ぼう / 清い流れのせせらぎがきこえる、茂る椰子の樹のもとに降り立ち / 君とふたり、安息を味わい、幸せの夢をみよう ”

ハイネの詩にメンデルスゾーンが作曲した歌曲の調べが、今、耳の中に聴こえています。帰りたくなったらいつでも、歌の翼にのって心の中の故郷に帰ろう…。

2012年03月31日

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