第551回 人生の宝

大晦日は徒歩5分の近所にある友人のお店でカウントダウンライブというものに初めて参加して、大盛り上がりでした。そして、その場にいたほとんどのお客さんと一緒に、近所の神社に初詣。お振舞いの甘酒を片手に歴史ある鐘楼の前に伸びている長い列に並び、これまた初めて“除夜の鐘”を突かせてもらいました。

日本の鐘の残響は、他にはないほど長いものなのだそうです。本来ならばこの残響がすっかりなくなるまで耳を澄まし、完全に響きが絶えてから次の一打に入るのが正しいのかもしれませんが、今回はそうではなくほぼひっきりなし。寒さに凍えながら並んでいるたくさんの人たちを思うと、それもいたしかたありません。

それでも、体を屈めて鐘楼に入り、立てかけられたはしごを数段のぼって鐘のあるところにたどり着き、なるべく心を無にして、鐘をただ、突くことだけに気持ちを集中させて入魂の一音を鳴らしてみると、なるほど煩悩がその響きもろとも、空気中にちりぢりになって飛んで消えていくような気持ちになりました。

さて、初詣なのですから、おみくじを引かないわけにはいきません。くじ運がいいほうではないので、毎年ドキドキします。果たして今年は「中吉」でした。曰く、“虚室には白をしょうず”。雑念を捨て、誠実な対応を心がけていれば、自ずから開運の時となる、のだそうです。

ところで、運勢というものはよいに越したことはないとは思うのですが、何をもって運がいい、というのでしょうか?成功や成就がよきものであるのはわかりますが、失敗や挫折から大きなものを得ることも、尊いことです。世の中に悪い運勢、よい運勢、というものは実はないのであって、すべてはその人の感じ方、受け止め方のような気がします。

例えば、私の場合はコンサートの折、失敗を怖れて余計な緊張をしてしまいます。でも、仮に失敗してしまったとしても、それは自分にとって長い目でみれば必要なことにちがいないのです。それが切っ掛けでもっと謙虚になれたり、もっと努力できるようになれたら、その失敗は貴重な教訓をもたらし、人生の宝を得ることになるかもしれません。

成功している人は異口同音に「自分は運がいいのです」と言います。それは、彼らが常に運に恵まれてきた、ということではなく、失敗をプラスに生かすことを重ねてきたがゆえに、さらに大きな成功を勝ち得たのだと思います。

ところで、自分が運がいいのか悪いのか、成功しているのかしていないのか…は、ちょっと脇に置いておくとして、「運がいい」という言葉では表わしつくせないほど恵まれているな、と感じているのは、交友関係です。旧知の気のおけない友人と親交を温めあえるのは、それ以上ないほど贅沢で、幸せなことです。

あるとき、本番の前に緊張におしつぶされそうになって、舞台裏でつい「ああ…。早く終わりますように~!」と愚痴をこぼしたら、ある友人が「え~?美奈ちゃんがそんな気持ちになってはいけないわ。みんな美奈ちゃんの演奏をすごく楽しみにしているんだから!そんなこと言わないで、美奈ちゃんも楽しんでちょうだい!」と言って微笑みました。

この言葉には、ハッとさせられました。表面的な付き合いしかしていなかったら…深い信頼関係がなかったら、決して言えないことです。大体の場合、こういう時には「大丈夫、うまくいくわ」とか「心配しないで。始まったらあっという間におわっちゃうわよ」といったような、当たり障りない気休めを言われるものです。彼女の正直な、そのうえ思いやりにあふれたこの発言に、まるで母親のような温かい激励の気持ちと、師匠からのありがたい示唆のようなものを感じて、こんなことを言ってくれる存在が自分にあることの幸せに、思わず震えそうになったのでした。

このお正月も、帰省して高校時代からの友人との楽しいひとときを持つことができました。「演奏って、なんのかんのいって、“その人”そのものがでるものよね」「そうそう。立派に弾いてくれても心惹かれないこともあれば、“どんなに音を外しても、わたしは『あなた』が好きです!”って気持ちになっちゃうときもある…」「“気持ち”って、やっぱり伝わるものだと思わない?その人のパーソナリティーとか、取り組みや、姿勢…そういうものも結局、ぜんぶ伝わってくるのよね」

友人との屈託ないおしゃべりの中から、いろいろと考えさせられるテーマが次々に浮かび上がります。音楽とは、個性とは、表現とは、教育とは…?時間がたつのも忘れて、様々な話が行き交います。

お開きになったあと、その中のひとりが今度のリサイタルに関してのこんなメッセージをくれました。「美奈ちゃんが幸せだと、聴いているわたしたちも幸せをたくさん感じられるから、是非いっぱい幸せになってちょうだい!くれぐれも身体を大事にね!」

心からこんなことを願ってくれる友人の存在以上の“宝”があるでしょうか?世界一の幸せ者になった気分です。

と、ここでなにやらまた、天から不審な声が…。「確かに美奈ちゃんの交友関係はすばらしいけど、男性関係になるとどうもだめよね~」…うぐっ。悔しいが返す言葉が見つからん。新春第一号の今回、せっかく美しくまとめようと思ったのに~。

2012年01月06日

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