第540回 珈琲への思ひ

「珈琲屋っていうのは、自分のところで豆を焙煎してこそ名乗れるもんだと思うんですよ。コーヒーってとどのつまり、豆なんですから。喫茶店、とかカフェ、っていうなら外から豆を仕入れていても許せますけど、自分としては、珈琲屋、珈琲店っていうのは自家焙煎の豆で…っていうのが基本なんです。そもそも珈琲って、字に王様が二つ入ってるんですよ?」

冗談も交えながら熱く語る、日本シュペシャルティコーヒー協会認定コーヒーマイスター、黒澤マスターの淹れるコーヒーは、豆の風味を強い焙煎で飛ばしすぎてしまわぬように、毎日豆の機嫌をうかがい、慈しみながら焙煎されているのが感じられる味わい深さです。

何の豆をどのように焙煎するか…。それぞれの違った産地でうまれた豆の個性を熟知し、そこに専門的な知識や感性を反映させて、煎りの深さを決め、細心の注意を払って一杯一杯バリスタが技術を駆使し、魂をこめて抽出したコーヒーには、やはり特別なものがあると思います。

究極の「町の珈琲屋」を目指している、とおっしゃるマスターのお店“カフェふくろう”では、そうやって丁寧に淹れられたコーヒーをお客様にゆっくり味わって欲しい、という願いからコーヒーは基本的にカップにたっぷり二杯分、ポットで提供されます。また、冷めても美味しさが変わらないように…むしろ、冷めたときにまたべつの甘味が楽しめるようにと、焙煎やドリップの仕方を配慮していらっしゃるのです。

カップの傍らには必ず、可愛らしいラスクが一枚添えられます。奥さまが自家製のパンを使用して、低温でじっくり時間をかけて焼き上げているそのラスクは、お店の名前“ふくろう”の形をしていたり、ティーカップの形だったり…。イタリアなどでエスプレッソを注文するとチョコレートが添えられますが、ラスクを見るたびそれを思い出して、心和むのです。(そうそう、ボルドーではチョコレートの代わりにカヌレという、蜜蝋とラム酒を使った郷土の焼き菓子が添えられてきて驚きました)。

本格的なドリップコーヒーに親しむようになったのは、高校生の頃。といっても、ピアノひとすじで、学校が終わると一瞬を惜しんで帰宅する真面目な高校生だった私には、喫茶店など無縁でした。では、どこで?…意外にもそれは、ピアノの先生のお宅でした。

E先生は、見事なお髭がトレードマークで「自称、永遠の37歳」と語る作曲家。E先生にピアノだけでなく、聴音やソルフェージュ、音楽理論などを一式、指導していただいていたので、レッスンの所要時間は2~3時間。そこで途中、「そろそろ体力のリミット…はい、コーヒー休憩ね」と、相成ったのです。

先生が自ら豆を挽いて淹れてくださったコーヒーの香りは、ピアノ二台に膨大な楽譜や音源(当時はレコード)、文献の数々、そしてオープンリールのカセットデッキや大型スピーカーなどのオーディオ機器…といったお宝がいっぱいの芸術的なレッスン室にぴったりマッチしていて、頂きながらなんだか一人前の音楽家になったような気分になったものです。マグカップではなく、きちんとソーサー付きのコーヒーカップに入ったちょっと濃い目のコーヒーに、お砂糖とミルクを入れていただくのが大好きでした。

ハンガリー留学中も、美味しい紅茶が手に入らないこともあって、もっぱらコーヒーの日々でした。私の中で「音楽、ヨーロッパ、コーヒー」の三つは、切り離せないものになっています。

そうなると、音楽も大好きな黒澤マスターと、音楽の話にならないわけがありません。「いいねいいね。いや~、面白いな~」ベートーヴェンが大のコーヒー好きだったことや、バッハのコーヒーカンタータの話、ウィーンのカルト的なカフェの話などをするにつけ、マスターはとても楽しそうに頷いてくださって、話が尽きなくなるのです。

そんなある日、私の次回のリサイタルの話題になりました。「バレンタインの時期でもあるので、作曲家が大切な人に捧げた作品を三つ選んだんです。贈り物、というのが今回の隠しテーマで…。本当はお客様にも、演奏の他にちょっとしたプレゼントをお土産にお渡ししたいんです。例えば、ちょっとしたコーヒーを使ったチョコレートクッキーとか…美味しいレシピ、あるんですよ」

するとマスターがすかさず「いいですね、一緒にそれ、実現させましょうよ!ウチで、美奈子さんオリジナルレシピのクッキー、焼きますよ(隣で奥さまが、笑顔で頷く)。コーヒーはうちの豆を使って。そうだ、ベートーヴェンがプログラムに入っているなら、コーヒー好きなベートーヴェンにちなんだコーヒーのドリップパックなんていうのも、どうです?」と、おっしゃったのです。「ベートーヴェンに?」「ええ、例えば、僕、いつも音楽を聴きながら焙煎するんですけど、ベートーヴェンを聴きながら焙煎して…」

なんて楽しいのでしょう!わくわくしながら、休憩時間にビュッフェでコーヒーとお菓子を頂くのもコンサートのお楽しみだったハンガリー時代を思い出しました。

先日亡くなった米国の某大手IT企業の創始者が、スタンフォード大学でのスピーチで学生たちに「人生は限りある時間。人の意見や考えに付き合うことより、自分が心から楽しいと感じることをやり遂げなさい。Be hungry ! Be foolish!(ハングリーであれ!バカであれ!)」とおっしゃっていました。若者だけでなく、表現者でありたいと願う私を含むすべての人にもあてはまるメッセージだと思います。

仙台、東京とも小さなホールですし、多くの収益は見込めませんが、今回の収益はすべて震災復興のために寄付することにしました。リサイタルは来年ですが、多くの方が応援してくださってこんなに心強いなことはありません。赤字にならないように、頑張らなくっちゃ!

2011年10月14日

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