第498回 Let's “SYMPOSION”!

SYMPOSIONの第五回目が、終わりました。仙台公演、東京公演ともにたくさんのお客様にめぐまれ、温かな雰囲気の中、終えることができました。バルトークとリストのまとまった曲数を弾くのは数年ぶりのことでしたのでホッとしてはいるのですが、同時に、お祭が終わった後のような虚脱感(?)に襲われてもいます。いつものことなのですが…。

うまく弾けたかどうか、は、さておき、今回一番嬉しかったのは、いらしてくださった多くの方が感想をお寄せ下さったことです。

コンサートやリサイタル(この二つの違いは、出演者が基本的にひとりなのか、複数なのか、だそうです)の醍醐味は、出演者と聴き手とのライブでの“交流”にあると思っています。私が音を出し、それをお客様が聞いてなにかしらの反応を発信し、それをまた私が感じながら弾く…。そうして、演奏者と聴き手が一体となって作りだされるのが、ライブ…“生演奏”だと思うのです。

今回のリサイタルでは、お客様にちょっとだけご参加いただく試みをしました。子供向けのコンサートでは、過去にも手拍子や足拍子(!)をお願いしたことがあったのですが、こうしたリサイタルで、しかも“歌って”いただくことをお願いしたのは、今回が初めてです。それも、ハンガリーに古くから伝わる農民歌を。

誰も歌ってくださらなかったらどうしよう、という不安をよそに、皆さんが声を出して協力してくださいました。会場に男声、女声のハミングが静かに響き渡って…それはそれは素敵でした。

音楽を聞いて知らず知らずに体が動いたり、音楽に合わせてなにかをしたくなるのは、とても自然なことだと思うのです。だって、そればかりは絵画を鑑賞したり、建造物を眺めてみても起こらない、音楽ならではの衝動ですもの。かく言う私自身も、子供のころは音楽にあわせて自由気ままに指揮者のように腕を振ってみたり、一緒に声を出してメロディーやバスなど、気になるパートをランダムに歌ってみたり、はたまたレコードの針が飛ばないよう気にしながらも、デタラメに踊ってみるのが大好きでした。

音楽に反応し、体に受け止め、感じること…それが一番ダイレクトに楽しめるのが、生演奏なのではないでしょうか。それを、弾き手と聴き手とで一緒に作り上げていくライブ感の楽しさが、コンサートで演奏するうえでもっとも好きな部分なのです。もちろん、緊張はしますが、その“お楽しみ”のほうが上回っているようで、どんなに失敗するかもしれなくても、どんなに眠れなくほど怖くなろうとも、やはり皆さんの前でピアノを弾くのが好きなのです。

そんなことから、リサイタルシリーズのタイトルも、このブログのタイトルも、SYMPOSIONとしました。“SYM(共に)”“POSIS(酒を飲む)”…ともにリラックスした時間を過ごし、腹を割って語り合う、ということから、SYMPOSIUM(シンポジウム:討論)の語源にもなっている言葉です。ちなみに、このエッセイのタイトルは“ピアニストのひとり言”ですが、本音をいうと、ひとり言と称しながらも、実は誰かに「ね、ね、どう思う?」と、話しかけたくて仕方がないのです。

ですから、電話やメールなどで個人的な感想をいただけると、とても嬉しくなってしまうのです。皆さんと少しでも“SYMPOSION”できたのかな、という気がして、それまでの苦労(?)がすべて吹き飛んでしまいます。

それにしても、頭が上がらないのはお世話になった先生方です。私は中学二年の時に名古屋から仙台に移ったのですが、その時の音楽の先生や、担任の先生。高校で三年間お世話になった高校の恩師のお変わりないお姿を拝見し、先生方がまるで身内(両親)のように私を温かなまなざしで見守ってくださっていることに、どんなに励まされることか!

気がついてみるとすっかり紅葉も終わり、街は早くもクリスマスムードに転じようとしています。そうだ、来年は、久しぶりにクリスマスの時期にリサイタルをしようかな…。

2010年11月12日

« 第497回 閉講、そして閉店 | 目次 | 第499回 「笑い」はえらい! »

Home