第468回 第一印象改造計画

先日、生徒さんのグランドピアノ選定のため、静岡県にあるヤマハの掛川工場に行ってまいりました。もちろん、予め日程を調整し、予約を入れての訪問です。指定の時間に伺うと、リゾートホテルのような明るくて立派な建物の一室に、担当の方が予め絞り込んでおいた機種を3台用意して、待機してくださっていました。ピアノは同じように作られてはいても、手作業による部分が少なくありませんし、心臓部分にあたる響板は天然の素材を使うので、どうしても個体差が生じます。そこで、新品の場合は、何台か同種の中からお気に入りの一台を見定める“選定”を行なうことが理想的なのです。

この日の3台も、まさに“三者三様”!響きの柔らかいもの、華やかなもの…それぞれに違った個性がありました。でも、生徒さんはほとんど第一印象で「これにします!」という決断に至り、選定は極めてスムーズに終わりました。第一印象は、大きいものです。

実は、その前日は朝からどうも体の調子がおかしくて、なんだろうなんだろうと思いつつしばらく過ごしたものの、なにやらいやな不審感が残り、ふと思い立って検温してみたら…39度!つまり、数年ぶり風邪を引いてしまったのでした。

あまりに久しぶりのことだったので、まさか熱があるなんて、風邪だなんて疑うこともなく朝からとぼとぼ病院に行き、淡々と怪我の後処理(抜糸!)を済ませ、買い物をしながら帰ってぼ~っと家の掃除をし、今度の講座で取り上げるコンクールの課題曲をお稽古し始めたのですが、おかしなことにピアノを弾くと指の関節が痛いのです。ここで初めて「あらら、なんだろう?一気におばあさんになってしまったみたいな、この感じは…?」と、何か異変に気づいたものの、「ま、いいか」と、それでもしばらく弾いていたのですが、どうも体が重い。「あ、そうか!熱があるのかも?」と思って体温計を手に取るまで、結局5~6時間もかかってしまいました。

そのあとはずっと熱にうかされてうんうん唸っていた(単純なので、高熱を数字で認識すると一気にガタッとくるのです)ので、翌日の掛川行きは一か八かの選択だったのですが、朝、検温したら37度代に下がっていたので、「Go!」サインを出したのでした。千葉からの移動ですから、掛川までは確かに時間はかかったものの、道すがら壮麗な富士山の姿や穏やかな春の駿河湾、沈丁花や、その独特の紅色を誇示するように咲いている海棠(かいどう)、可憐な花桃、満開の木蓮…といった花々を楽しみ、また、桜えびや伊勢えび、新鮮な旬の魚といった“海の幸(*)”をたくさん堪能して、戻ったときには病み上がり独特のダルさなど、どこかに吹き飛んでいました。

(*注:ところで、“海の幸”って、どうも人間の上目線だと思いませんか?野菜や山菜などを山の幸、というのは分かるのですが、人間が“幸”と言って食するのは、天然の海の生き物たちにとっては“不幸”なこと。海藻類ならいいけど、魚介を海の“さち”、と呼ぶのにはどうも抵抗があって、個人的には海の“いのち”と言いたいのであります。まぁ、いつもの屁理屈なのですが…)

それにしても、前日の行動を思い返してみるとあまりの間抜けさに我ながら呆れます。思えば、朝7時に起床した時から明らかに寒気がしていたし、関節が痛み、だるくて喉も痛かったのに、熱があるとも風邪を引いたとも、思いあたらなかったのです。なんとまぁのん気、というか、鈍い、というか、とろい、というか…。

それなのに、周囲の人たちにはそうは見えないようなのです。つい最近も「美奈子先生は、完全無欠の才女!という第一印象でした」と言われました。逆パターンなら、いいのです。つまり、「ぼんやりした、おっちょこちょいな人と思っていたけど、実はしっかりしている」のでしたら、好感度高し、というものです。それが私のように「もっとしっかりした人だと思っていたのに、なんなんですか?」というのでは、一歩間違えると詐欺になってしまうではありませんか。だけど哀しいかな、私だって好き好んでそんな印象を振りかざしているわけではないのです。

春は、新しい出会いの季節。出会いに際しては、第一印象が大切と言われています。でも、私は問いたい。大切だというのは分かるのですが、いったい第一印象は、実際より立派に見られることが良いことなのでしょうか?具体的にお尋ねしたい(誰に?)!私の第一印象は、今後どう構成(矯正!)していったらいいのでしょうか?

…と、人知れず悶々と悩みを抱きつつ、その翌日には先月のコンサートでお世話になった方が主催してくださった打ち上げに出席。神田の某老舗ふぐ料理店で“ひれ酒”を傾けて、「いや~、美味しいお酒を頂いている時が、いちばん幸せですよね~!」と、満面の笑みを浮かべていた私なのでした。

2010年03月19日

« 第467回 思えば、たくさんしたもんだ… | 目次 | 第469回 憧れの先輩たち »

Home