第465回 手拍子のパワー

小さい頃は夢中になって日本を応援していたオリンピックですが、物心ついてからはだんだん熱心さに欠くようになってしまいました。何故なのかはわかりませんが、オリンピックの意味がよくわからなくなってきているようなのです。

厳しいトレーニングを積んで鍛え抜かれた肉体、プレッシャーに屈しない精神的な強さ…。見える敵とも見えない敵とも戦うアスリートたちの姿はとても素敵で、確かにたくさんの勇気やパワーをいただきます。でも、ハイテクが駆使され、特殊素材でできたピカピカのスポーツカーのようなウェアを見るにつけ、強力な外国人コーチの存在を目の当たりにするにつけ、複雑な思いが頭をよぎるのです。

戦って、強いもの、速いものが勝つ。その単純明快さが、スポーツの醍醐味だと思うのですが、やれ採点方対策だの新ルールだの評価ポイントだの…。なんだか会社の人事みたいです。ウェアのハイテク化もいいのですが、スポーツの実力だけが純粋に競われて欲しい、と願ってしまうのは、私だけでしょうか。スピードスケートや水泳(今回のオリンピックにはありませんが)などのユニフォームは、素材を指定するとか、オリンピック協会で一律支給してしまうとか(!)、どの国の選手にとっても、もっと公平な体制を整えることはできないのでしょうか。

放映権も、然り。発展途上国では、そのあまりの値の高さに、自国の選手の出る競技すら国内で見ることができないところも多くあると聞きました。自国の選手に、本国から声援を送ることができないなんて、国民だけでなく選手にとっても気の毒なことです。淋しいことです。そうなってくると、誰のためのオリンピックなのかなぁ、という気がしてしまうのです。北京オリンピックの時にも書いたことなのですが…。

誘致についても、各国の政治的な目論見や経済効果への期待が火花を散らし、スポーツの祭典、という、本来の目的が、この頃ちょっとぶれてしまいがちになっているように思われてなりません。

こんな屁理屈(?)を書くと、「美奈子ちゃんは運動音痴で、スポーツにあまり関心がないから…」と言われてしまうかもしれませんが、さにあらず。逆に運動音痴だからこそ、オリンピック選手の人間離れした運動能力を、憧れと尊敬と関心をもって見てきました。スポーツをするのは苦手ですが、スポーツを見るのはむしろ、好きな方なのです。

とはいえ、よいプレイに対する観客の歓声や、熱狂的な拍手を聞くのは、気持ちのよいものです(やはり、私の身体はどちらかというと映像よりも“音”に反応する仕様になっているのでしょうか?)。それに選手たちがどれほど励まされ、救われることでしょう。そんな、心からの拍手をたくさんの方から頂くことが、一生のうち、何度あることでしょう。

最近思いがけず、そんな拍手を頂く機会がありました。先週の日曜日に行なわれた、ファミリーコンサートに出演した折です。最後の曲が終わった後、可愛らしい男の子からの花束を頂いて、再びお客さまにお辞儀をした時…皆さんの拍手の音がきれいに揃って、大きな手拍子となってアンコールを促してくださったのです。

その時ふと、意識がハンガリーのリスト音楽院の大ホールに飛んでいきました。ハンガリー国内でもっとも美しく、古い歴史と最高の音響をもつその音楽の殿堂では、ほとんど毎晩素晴らしいコンサートが開かれ、リスト音楽院生の私たちはいずれをも無料で聴くことができました。三階の桟敷席限定ではありましたが、そこがまた、音響的には最高の場所で、皆、被りつくように聞き(見)入っていたものです。

そして、素晴らしい演奏には、終了後にブラボーの声と手拍子が待っていました。拍手ではなく、手拍子なのです。それは始めはゆっくりめに打たれ、演奏者がカーテンコールをしている間に次第に速まって熱を帯び、演奏者にアンコールを求めるのでした。

その光景が瞬時に思い出され、懐かしさと感激で目頭あたりにグッと圧がかかってしまったために、アンコールの出だしがちょっと乱れてしまったことには動揺しましたが、なんて幸せなことでしょう。思えば、とにかく皆に喜んでもらいたい、楽しんでもらえるピアニストになりたい、という一心で、続けてきたのでした。

帰り道、私の頭の中に、リスト音楽院時代の師、セーケイ先生の“タランテラ”(リスト作曲)が鳴り響いていました。先生のタランテラは、もう冗談のように上手で、聞いている人たちが思わず「くすっ」と、声に出して笑ってしまうような、圧倒的完璧さをもっていました。本当にすごいものは、人を唸らせるのでも威圧するのでもなく、笑顔にしてしまうのだなぁ、と、その時、改めて感じたのです。

その点、私はまだまだです。でも、声に出して笑ってもらうのは無理だとしても、聴いている方に微笑んでもらえるピアノ弾きを目指そう、と、手拍子になった拍手に誓ったのでした。

2010年02月26日

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