第459回 日本語にくらべれば!

クラシック音楽には、なんだか小難しいイメージがあると、よく言われます。確かに、バッハやらベートーヴェンというと、日常的に“親しむ”というよりは、学校の音楽の時間に“習う”もの、という意識がありますし、ドイツ語の歌詞の理解なしにドイツ・リート(歌曲)の真髄を感じ入ることは難しい、という側面はあります。でも、小さい頃から触れてきているとなると、話は違ってきます。

小難しい、というと真っ先に思い浮かぶのは、日本語です。「いち、に、さん…」というものの数え方だって、それが瓶なら「いっぽん、にほん、さんぼん…」と、数字によって“ぼん”だったり、“ほん”だったり。6や10の場合には“ぽん”をつけますが、そうはいっても“ろくぽん”“じゅうぽん”とは言わない、このニュアンス。よく、外国の人から「あまりにも複雑すぎる!」と、お叱り(?)をいただくところです。

また、数える対象によって、例えば食べ物だけをとってみても魚は一尾、イカなら一杯、鶏は一羽で牛なら一頭、海苔は一帖でかつお節は一連、うどんは一玉、ご飯は一膳、豆腐は一丁、油揚げになると一枚、ちなみにお調子なら一本…といちいち例を挙げたら、きりがないほど大変なバリエーションです。

人間の呼び方も然り。「通行人」「役人」など、人という字がつくもの。おなじ“役”でも“者”がつくと役者になって、職業が違ってしまいますし、さらに役者の中には俳優、女優、という呼び方もあります(実は、この“優”を使う所以についてはかなり以前から気になっているのですが、未だに分かりません)。私は表現者としては音楽家に入りますが、専攻の楽器がからむとピアニスト…つまりピアノ奏者となって、“家”から“者”に変わります。

専門職も、陶芸家とは言っても陶芸師とは言いません。逆に、狂言師、調理師を狂言家、調理家などと読んだらおかしいですし、教師と教育者、では、何か中身が違ってきます。さらに、サラリーマンは会社員、ドクターは医者…などなど、職業や仕事内容、かかわりの状態(?)によって“人”“家”“者”“員”“師”など、適合する漢字がこんなに様々なのですから、こんなに複雑なことはありません。

そういえば以前、ある人から「よくわからないんだけど、フルート奏者はフルーティスト、というけど、トランペット奏者はトランペッターで、トランペッティストとは言わないですよね?“ッター”と“ィスト”の違いって、なんなんですか?」という質問を頂いたことありました。

はた、と考えてみましたが、よくわかりません。打楽器になると、ますますわからなくなります。だって、ドラムならドラマー、と言うけれど、ティンパニはティンパニスト、になるでしょう?あえて整理するなら、ジャズやポップスで用いられるイメージが強いな楽器は“ッター”“マー”になって、一般的なクラシックのオーケストラ楽器は“ィスト”になる、という感じでしょうか(でも、トランペットはバロック時代からオーケストラで広く活躍し続けている楽器だし、逆にサックスはサキソフォニスト、なんだなぁ…)。

それでも、一部に例外がある、という程度で、なんとなしに掴めそうな気がします。日本語の複雑さに比べれば、単純なものです。

そんな地球上稀にみる(?)難しい言語を日々、使いこなしている私たちにしてみれば、クラシック音楽の小難しさなんて、たかが知れています。よく、ジャズの世界の方が「クラシック音楽は譜面どおり弾かないと“間違い”ってことにされちゃうけど、ジャズには間違いなんてないんです。自由に楽しめる音楽、それがジャズです」と仰るのを耳にするのですが、個人的にはクラシック音楽もジャズに負けないくらい、自由で楽しいものだと思っています。

だって、ド級の天才が精魂込めて、譜面を作ってくださったのだから、演奏家(もちろん、それを職業にしていない演奏者も)は、そこに書いてあるとおりの音を、音色、テンポなど、自由な発想、解釈、脚色に基づいて行なえばいいのです。言わば、シェイクスピアなど古典戯曲の演出家、兼、役者になれるのです。演奏自体に“間違いなんてない”、というのは、実は、クラシック音楽も同じなのです(“音”を間違える、ということがあるだけで…)。ジャズは譜面がなく、即興で演奏を行なうのですから、一回一回が違うアプローチになるのは、当たり前ですが、クラシックは譜面があるのにもかかわらず、一回一回の演奏が同じことはありませんし、同じ譜面を弾いても、奏者によってものすごく違いがでてくるのですが、それって何とも面白いことだと思いませんか?

ですから、小難しく考えないで、とにかく楽しむのが一番!かく言う私自身も、これからも色々な音楽をどんどん聴いたり、弾いたりしながら、さらに楽しみを深めていきたいと思っています。

2010年01月15日

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