第447回 コルトーが、常備薬

「わぁ、美奈子さん…!?私のこと、覚えていらっしゃいますか?」ふと訪れた近所のカフェに入るなり、ひとりのチャーミングな女性が私を見て、声を弾ませました。三年ほど前に、一度夕食をご一緒したことがある方でした。その時、私にピアノを習いたい、と、熱烈におっしゃっていたので、折にふれて「彼女、どうしているのかしら」と、思い出してたのでした。

「覚えていますよ。ナースになりたいっておっしゃっていた…」「そうですそうです。えーっ、本当に覚えていてくださったんですね!あれから念願かなって、ナースになったんです。でも、あのあともずっと、美奈子さんにピアノを習いたい…って願っていたのに、そっちはなかなかままならない状況で…。でも、今日再会したってことは、それも近々、かなう運命なのかもしえない!だって、ここでお会いできるなんて…わぁ!」大きな瞳を輝かせて、少し興奮気味になっています。

お会いしなかった間に彼女は憧れの職業につき、生涯の伴侶を得ましたが、ピアノを買ってくれた大好きなお父さまを亡くされたそうです。

「私、美奈子さんのフィンランドのCD、買ったんですよ!(『ホントに?』と、ここでお店のマスターにつっ込みを入れられ、それにうなずきながら)本当ですよ~。シベリウス、すっごい素敵ですよね~。でも、認知症のおばあさんを担当している職場の同僚がいるんですけど、その子に貸したらぜ~んぜん戻ってこないんですよぉ。なんでも、そのおばあさんに美奈子さんのCDを聞かせたら、ふっと目の色が変わって、急にしっかりとした口調で、音楽やシベリウスについて語り始めたんですって!それまではそんな話題について話すなんてこと、一度もなかったのに…。それが、話を聞いてみると、そのおばあさん、かなりシベリウスについて詳しいみたいで」

彼女のいう“フィンランドのCD”…piano pieces from Finland…は、日本の24節気になぞらえて、フィンランドのピアノ作品を24曲、選曲した、ファーストアルバムです。これまでも、「癒される」「うちの子(小犬)が、それをかけるとよく寝てくれる」といったありがたいコメントは頂いていたのですが、今回のおばあさんのような事例(?)は初めてだったので、とても嬉しくなりました。

精神的に不健康な状態にある人に対する“音楽療法”には様々なものがありますが、フィンランドでは1973年から本格的に行なわれてきました。現在、フィンランド音楽療法協会には200人以上の音楽療法士が登録されているそうです。人口520万人ほどの国としては、かなり立派な数字です。

音楽療法には、特定の音波を体に受けて、精神のリラックスを図る…というメソッドもありますが、特別に音楽療法用に作られたものではない、通常の(?)音楽を聞きながら行なうイメージワークが、とても有効である、という報告があります。音楽によって全身の緊張がほぐれ、意識が変容して、本来の自分を取り戻しやすい状態に導くことができるのだといいます。

ある音楽療法士によると「音楽は全人格的に影響し、自律機能や感覚を刺激し、感情を覚醒し、アイディアを生み、魂を励ます。音楽が長くなると聞き手はより深く没頭し、より長く語るようになり…(目莞 ゆみ著『フィンランドという生き方』より)」すべての症例に当てはまるとは限らないかもしれませんが、音楽が人間にとって、非常によい刺激を与えうるものであることには、間違いなさそうです。

一方では、皮肉なことに、シューマンやラフマニノフなど、音楽家自身が心身を患ってしまうケースも、ままあります。作曲家だけでなく、極度の緊張を強いられる演奏家という職業の人の中にも、なんらかの精神的疾患をもつ方は少なくありません。本来、人間が潜在的に求めるものであるはずの音楽が“負担”になってしまうとしたら、なんて辛いことでしょう!

私も、本番が近づいてくると、自分では認めたくなくても、心と体に緊張症状が現れて出でて、自らの弱さにげんなりさせられます。でも、この頃は、そんな自分をあまり責めないようにしています。私にとって音楽を奏でること、音楽に触れることは、何にもまして幸せなことであることに間違いはないのですし、気弱になるのも、音楽という“相手”のことが好きすぎるからだ、と気づいたからです。

ある日、自問自答してみました。「どうして怖いの?」「私が未熟なために、作品の素晴らしさがきちんと伝わらなかったら、と思うと…」「上手に弾ければいいの?」「いいえ、それはちがう。評価されたいのではない」「では、何が望みなの?」「お客さまが私の演奏から“何か”を感じて、そして幸せな気持ちになってもらいたいの」

と、ここで逆説的にして、意地悪な質問が浮かびました。「では、あなたがうんと下手に弾いたとしても、お客様が幸せな気持ちになれば、それでいいの?」…答えは「そう。もし、本当に幸せな気持ちになってもらえたのなら、それは下手な演奏じゃなかったのよ。だって、誠実さや懸命さが伝わらない演奏に、人は満たされないものでしょう?仮に、下手に弾いたのに幸せになってもらえたのだとしたら、それは私が上手い下手を超越した域まで極めた、ということ。ありえないような高みに達した、ということで、まぁ、それこそありえないことよ」

私の場合、気持ちが弱くなってきても、コルトーを聴けば一発で元気百倍!薬要らずの単純な体質に、感謝です。

ところで、ナースの彼女が来週、ついにレッスンを受けに来ることになりました。どんなひとときをご一緒できるか、今からとても楽しみです。

2009年10月16日

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