第442回 幸福の端子

新潟でのセミナーの仕事が終わりました。昨年も呼んでいただいたのですが、今年はピアノのレッスン、フルートとピアノのアンサンブルのレッスンに加えて、『ウィーンの音楽芸術とカフェ文化』と題しての講座もさせていただきました。

昨年同様、高校生から、指導や演奏活動をしていらっしゃる方まで様々な受講者がいらっしゃるということだったので、講座の内容はそれを加味して、ウィーンの人々にとってはほとんど美学のような、“ゲミュートリヒカイト(心地よさ)”という感覚、メッテルニヒ政権下のウィーンとビーダーマイヤーについて…。などなど、あまり難しくなく、しかも、ちょっとだけでも新鮮に受け止めていただけるような内容と構成を考えて、約二時間にわたってお話しました。

当初は「二時間も、もつかしら」と、心配だったのですが、いざ準備してみると二時間でも足りないくらい(!)、お話したいこと、紹介したいことが尽きなくて、コンパクトにまとめるのに苦心したほどでした。最後に、“音なき音を聴く”体験をしてもらって、受講者の皆さんに何を感じたか、発表してもらったのですが、面白いほどに色々な発言が飛び出して、私自身もとても勉強になりました。

最終日には、受講者の方と講師演奏によるファイナルコンサートと昼食会がありました。コンサート終了後、演奏についての講評を一人ひとりにお伝えしたのですが、中には私のコメントに、「そう言ってくださって、嬉しいです」と、涙ぐまれた方もいらして、そうなったらもう、もらい泣きです。すべてを終えた時は、まるでフェスタ(お祭り)が終わってしまったようにちょっと淋しいような感慨がありました。受講者は素敵な方たちばかりだったので、すっかりお別れが名残惜しくなってしまったのです。また、来年もお会いできると嬉しいのだけど…。

音楽には間違いなく、人を励ましたり、和ませたり、もちろん癒したりする力があると信じていますが、人間自体にも、音楽からそういったパワーを享受する“端子”のようなものがついていると思うのです。誰にでも必ず、です。そこに何がしかの“コード(←特別なオプションではなく、人が皆本来持っている、付属品)”をつなぐ、という簡単な作業さえしてしまえば、どんな人も音楽から、自らの心の糧となる何かを受けることができると思うのです。そしてそれは音楽だけではなく、世の中で“幸福”といわれているものも同じなのではないかしら、と最近、感じています。

新潟から帰った翌日、タイに発ちました。日本はそろそろ秋の風が吹き始めていたのに、タイはしっかり暑い!でも、あまり得意ではない暑さもなんのその、美味しいものをお腹いっぱい食べて、短い滞在を謳歌してきました。タイにはお酒こそあまりないけれど、なんといっても野菜や果物などの食材が豊か!タイ米もパクチー(香菜=シャンツァイ)も大好きなので、毎日タイ料理を満喫してもちっとも飽きることはありませんでした。

そうそう、日本でも人気の高いタイのマッサージも、体験しました。落ち着いた内装の個室に案内され、ほとんどすっぽんぽんになって、まさに頭の先から足の先までをくまなくほぐしてもらったのですが、バリやハワイ式のマッサージともまた違った、癒しと医療的効果の両方が期待できるような見事なメソッドで、大満足!日本のサロンのようにバックミュージックがかかっていることもなく、アロマの香り漂う、照明を落とした薄暗い部屋は、完全なる静寂の世界。タマリンドとレモンバームをブレンドしたようなマッサージオイルの香りがなんとも心地よく、夢のような時間でした。足の裏のツボもしっかり圧してもらうのですが、日本なら必ずフットバスに浸かって、足をきれいにしてから施術に入るのに、そんな行程は省略して、みっちり一時間以上!これで2400円しないなんて、なんだか申し訳ないようでした。

バンコクの都市部には新宿さながらに高層ビルが立ち並び、それらが日本ではもはや希少になってしまったネオンサインに彩られていたり、地下鉄や水道の水も以前からは比較にならないほどに整備されて、経済的に豊かになっているのだろうな、と思われる反面、ちょっとはずれにいくと、半分崩れて(朽ちて?)いるほうなバラックに人々がひしめきながら生活しているようなところもあって、なんだか複雑な気持ちにもなりました。

が、きっとそんなものはソトモノの一歩的な見方なのでしょう。だって、裸足で歩いている子供も、とても裕福とは思えないような身なりで道端に座り込んでいる子供も、とても目がきらきらしていて、その笑顔には逞しい魅力が溢れているんですもの。

彼らは幸福の端子をちゃんと機能させて、自力でそれを心と体の糧にして生きているのでしょう。でも、それができるためにどうしても必要な道具である“コード”を持つために、ひとつだけ、持っていないといけないものがあるのです。それは、お金でも知識でもなく、まず第一に親からの充分な“愛情”なのではないでしょうか。

音楽家として私ができることは本当に些細なことだけではありますが、幸福の端子を機能させるためのフォローが、ほんの少しでもできるような人になりたい、と、改めて感じた新潟・タイ滞在でした。

2009年09月04日

« 第441回 見かけにとらわれないで… | 目次 | 第443回 バッハは米だ! »

Home