第440回 遥かなる沖縄

ここしばらく、食卓に鎮座して毎日のように私を愉しませてくれている、スペシャルな調味料があります。巷で噂の、幻の絶品、『石垣島ラー油』です。

極端に手に入りづらいものなのに、メディアや料理研究家によって脚光を浴び、もともと希少だったのがますます入手困難になってしまった品です。一般のラー油とはまったく異なる、辛味よりも香りが豊かで、限りなく北京あたりの家庭で手作りされているものに近いラー油なのですが、それもそのはず、これ作っていらっしゃる辺銀さんという方は、中国のご出身なのだそうです。

本来は、その辺銀さんの経営する“ペンギン食堂”で食事をとった人、しかも、ひとりにつき一本しか購入できない品物なのです。では、石垣島はおろか、沖縄にすら行ったことがないのに、そんなレアなものがなぜウチにあるのか?実は、沖縄に何かと縁がある友人が、なんと私のために、そのまた友人から「ひとり一本」の権利を譲り受けてまでして買ってきてくれたのです。嗚呼、持つべきものは友です。(改めて、Mさん、本当にありがとう!)

さて、その味と香りの違いは、“植物油、唐辛子(島唐辛子も)、にんにく、黒豆、石垣の塩と黒糖、山椒に沖縄徳産のビバーチと呼ばれるコショウ、春秋のウコンに白ゴマ”…といった原料からも、想像していただけると思います。

えもいえぬ香ばしさが魅力なので、餃子のつけだれに使ってしまってはもったいないので、酸辣湯(スーラータン)のような酸味のあるスープの風味付けに、あるいはにんじんのしりしり(沖縄風の炒め物)の仕上げにたらしたり、このラー油に醤油・酢とあわせて卵黄を落としたものをお刺身にからめてユッケにしたり、もちろん冷やし中華の最後のトッピングに使ったり…。たたいたきゅうりとか、シャキッと湯がいたもやしに酢醤油と和えてマリネしたり、と、まるで貴重なクレタ島のエクストラバージンオイルのように、その香りが存分に楽しめるような使い方を心がけている日々なのであります。

沖縄の食べ物(もちろん、飲み物も!)はなんでも大好きで、豆腐ようだろうがミミガーだろうがテビチだろうがスクガラスだろうが(一応、言っておくと泡盛も古酒も!)、ドンと来い!なのです。…そんな、「美味しいもののためならば、たとえ火の中水の中」…な私を知っている人は、どうして一度も沖縄に行ったことがないのか不思議に思うことでしょう。機会がなかった、ということもあるのですが、どうしても引っかかっていることが、あるのです。

沖縄地上戦です。

祖父が戦死したので、大好きだった母方の祖母は30歳で未亡人になりました。でも、戦争がよくないことであるのは、そんな事実を知るまでもなく頭では理解できることです。ところが、やはり戦争に対しての実感はわいてこなくて、子供の頃は、戦時中の話を聞くにつけ、どう受け止めていいものか戸惑いを感じるばかりでした。この“戦争に対して実感がわかない”、ということこそが、どんなに恵まれていて幸せなことか、を、身を持って感じることができるようになったのは、やはりある程度大人になってからでした。

そんなあるとき、1945年の3月から約3ヶ月間にわたって、沖縄で国内最大の地上戦が行なわれ、沖縄の人口から換算すると一人当たり60発にあたる3500万発を超える爆弾が落とされて、沖縄の人口の四人にひとりもの方々がなくなった、と知りました。どうして、あんなに南の、罪のない、小さな島がそんな仕打ちにあわなければならなかったのでしょう!結局は、それが戦争なのだ、ということになるのでしょうけれど、感情として受け入れがたいものがあるのは否めません。

「なんくるないさ~」に象徴される、のんびりと気持ちよく、穏やかで明るい笑顔のイメージとはあまりにかけ離れた沖縄の悲劇に、大きなショックを受けました。今では、その地上戦をアメリカ人が撮影した映像を見ることができるようになりました。

http://www.youtube.com/watch?v=pbo1fyeaZ9s

終戦記念日の今日、再びこの映像を見てみました。あまりのむごさに心が痛くなって、目を背けたくなりましたが、そんな歴史を重ねてきた沖縄という地…何より、そこに生きる方々に、心から畏敬の念を抱きました。

そして、亡くなった方のためにも、どうしても戦争を許してはならないという強い思いを新たにしました。もしかしたら、私がそのためにできることは、何もないのかもしれませんが、それでも、思い続けていることには、きっと何らかの意味があるはずですし、何かがうまれるかもしれません。何より、平和に感謝することができるだけでも、幸せなことです。そうやっていつの日にか、きちんとした大人になれたら、きっとその時には晴れ晴れとした気持ちで沖縄を訪れることができることでしょう。

合掌。

2009年08月14日

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