第427回 心のごはん

大型連休が過ぎ去っていきました。きっと生徒さんも家族とお出かけの予定を入れたいことだろうな、と思って、この一週間はレッスンをお休みにしたのですが、聞いてみると「部活や他の習い事があって、あまり出かけられなかった」という生徒さんが少なくなかったのは、想定外でした。

想定外だったことが、もう一つありました。連休中、思ったほど“お休み”を満喫できなかったのです。もちろん、お天気のいい日にぶらぶら散歩をしたり、ゴールデンウィークのスペシャル価格になっていたアイスクリームを堪能したり、友人とスタジアムに野球観戦に行ったり…と、楽しいことはいろいろできたのですが、どうも、なんとなく気が晴れないのです。それどころか、だんだん憂鬱な気持ちに襲われてくるではありませんか。これは一体、どうしたことなのでしょう!?

応援していたロッテがよくない負け方をしたから、ではありません。そのわけは、連休が明け、レッスンが再開したときに明らかになりました。気分が晴れなかったのは、生徒さんのレッスンがなくて寂しかったからだったのです。その証拠に、レッスンが始まったとたんに元気百倍、食欲3倍(?)になったのでした。

おことわりするまでもなく、もともとワーカホリック(仕事中毒気味)な性分ではありません。でも、可愛い生徒さんに会えないというのは、こんなにも寂しいことなのだ、と改めて気づかされて、ちょっとおどろきました。いつのまにか私にとって生徒さんはこんなにも大切な存在になっていて、生徒さんとのレッスンが心の大きな支えになっていたのです。

これまでに、一週間ほどレッスンがお休みだった、ということがなかったことではありません。でも、それが年末年始の帰省だったり、ヨーロッパ旅行やコンクールの審査のためだったり…と、その間好い意味で何かと気ぜわしく、充実した時間を過ごしていたので、ここまではっきりと認識できなかったのでしょう。

考えてみたらこれは、とても幸せなことです。だって、こんなにも好きなことを仕事として生きているのですから。改めて、私のもとにピアノを学びに来てくれる生徒さんや、音楽を心ゆくまで学ばせてくれた両親に、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

同時に、人間が憂鬱な気持ち…「ウツ」になる切っ掛けは、案外、そこここにころがっているものなのかも知れない、とも思いました。体の健康状態は、検査やら何やらで数値化させ、データを目でも確認することが出来ますが、厄介なことに心の健康状態は、他人はおろか、本人も正確に把握することが難しいものです。

ところで、日本の自殺率は決して低くなく、先進国中第1位、世界101国中でも第8位、という事実をご存知でしょうか。都道府県別に最も高い秋田県の自殺率は、年によっては世界第1位のリトアニア、それに続くロシアを越えていますし、最も低い奈良県の自殺率ですら、フランスのそれを上回っていたりするのです。目を背けたくなるようなデータです。

その原因はさまざまだとは思いますが、こんなにも体の健康に気をつけながら過ごしている日本人がここまで壊れてしまうのは、一体何故なのでしょう。経済的な要因もよく挙げられますが、高齢者などには、健康上の問題を気にやんで自殺してしまう、というケースがとても多いのだと聞きます。体と心の両方が不健康になってしまっては、痛ましすぎます。

ベートーヴェン、シューマン、ラフマニノフ…。多くの音楽家も、精神的な健康のバランスを崩して、自殺を考えてしまいました。でも、彼らはそれを乗り越えて、多くの人々を励まし、立ち直らせることのできるパワーとメッセージを持つ、力強い芸術性を構築してきました。例えば難聴、といった決定的な体の不具合すら、あきらめない気持ちや精神的な支えを得ることによって、克服してしまったのです。

音楽を聴き、親しむことで得られるものには、癒しや安らぎもあります。でも、一番伝えたいのは、その中に沁み込んている、音楽家の不屈の精神…本来、人が誰でも持って生まれてきたはずの、心の強さです。それをレッスンを通じて少しでも感じてもらえたら、そして、生徒さんの一人ひとりが、掛けがえのない人生を、すこやかに、幸せに、のびのびと全うしていくためのお手伝いが、ほんの少しでもできたら、そんなに嬉しいことはありません。

私にとって、生徒さんとのレッスンが心の支えになっているように、ピアノが、生徒さんにとっての“心のごはん”になってくれますように…。そう願いながらレッスンしている、この頃です。

2009年05月08日

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