第386回 アンチ・ランキング?

先週、初めて手術というものを受けました。入院もなければ麻酔も歯の治療と同じような部分麻酔ですし、手術とは名ばかり、という感じもしますが…。それでも、0,1もなかった視力が、痛みもなく、ほとんど一瞬にして1,5になってしまうのだから、医学の進歩には驚きです。今日の医学を持ってすれば、ベートーヴェンやスメタナの難聴も、フォーレを苦しめた音程が狂って聞こえると言う耳の疾患も、治せたのかもしれません。もちろん、ショパンの結核も、完治させることができたでしょう。

なんでも、つい先日も、“老い”をくいとめる効果が期待できる万能細胞のようなものが発見されたとか。医学、科学はどこまで進化していくのでしょう。人間そのものは、楽しければ笑うし、悲しければ涙がでてきて…と、太古の昔からたいして変わりがないのに…。なんだか不思議な気がします。

そうそう、近頃ではアンチエイジング(抗老化)がテーマのレストランもできて、人気を博しているのだそうです。抗酸化作用のあるお酢や、繊維を多く含む玄米などを使ったり、調理法も栄養素を壊さないように考えられているのだとか…。でも、内容を聞くほどに、「あれ?それってもともと昔の人が、日常的に食べていたものなのでは?」という気がしてきて、つい首をひねってしまうのですが。

私自身は実は、あまり流行に興味があるほうではなくて、流行りものの話題になるとまったくついていけなくなってしまう場面が、昔から少なくありません。トレンディードラマと言われるものもほとんど見ていないし、話題の映画よりも古典的な作品の方に惹かれる方でした。学生時代も、わざわざミニシアター系の映画館にバーグマンの映画を観に行っていましたし、ディズニーランドに行った回数よりも東銀座の歌舞伎座に出かけた回数の方が多い、といった具合です。

本も、今でも本屋さんで物色するよりも図書館で選ぶほうが好きです。本屋さんでは、ベストセラーが目に付きやすいところに置いてあって、ちょっと珍しいものは見つけにくかったりするのですが、図書館はジャンル別になっているだけで、売り上げや人気に関係なく陳列しているので、余計な(?)情報に惑わされずフラットに選択できるところが気に入っています。

おしゃれは人並みに好きですが、流行だから、という理由で欲しくなることはありませんでした。体型にコンプレックスがあったので、皆が似合うものが似合うとは限らない、ということも分かっていました。ですから、自分の体型も、似合うものも、誰よりもよく分かっている母が作った洋服を「ママメイド」と呼んで、子供の頃から大学時代まで、喜んで着ていました。(東京で寮にいた頃、母の“新作”が届くのがそれはそれは楽しみで、ブラウスとスカートのツーピースを送ってくれた時のお煎餅屋さんの缶は、思い出深くて今も大事にとってあります。そうそう、弟がデザインしたモティーフを、母が刺繍して縫いあげてくれたスカート、という逸品もありました。)

今はなんでも“ランキング”の時代なのだとか。売れ筋のものも、美味しいレストランも、人々がランキングを指標にしてものを選ぶ傾向が、今までにないほどに強くなっているというのです。そういえば、私の学生時代はランキング、なんてヒット曲の世界ぐらいでしか聞かれなかった気がします。

ランキングやクチコミ、というものに興味がないわけではないのですが、どんどん移ろっていくものにきちんと反応しようとすると疲れてしまうのです(トシのせい?いや、昔からなのですが…)。そもそも、最近の動向がどうこう(はっ!?もしや、これって世の中で悪名高き“おやじギャグ”というもの?むむ?おやじギャグ、という言葉自体、なんとかギャル、と同じようにもう過去のものなのかしら?いけないいけない、無知は罪なり)以前に、100年も200年も前に作られた音楽作品に、今もなお、新鮮な感動やらトキメキを感じているのでありまして…。

いや、白状してしまいますと、あまりランキングそのものが得意ではないのだと思います。それを見るとたいてい、「ああ、やっぱり自分はなんだか違うなぁ」と、ちょっぴり寂しさを感じてしまって…。だから防御策(?)のために、あまり気にしないようにしているのかもしれません。

でも本当は、人と違うからって焦っても仕方ないのですよね。そうだ、人と違うからこそ、人と共感する音楽、というものに憧れる気持ちが強いのかも…と、いうことは、人と違うことって、実は生きるモチベーションにつながっているのかな?…あ、本当にひとり言になってきてしまいました。今回はこのへんで…。

2008年06月26日

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