第382回 愛すべき相棒たち

あなたが毎日長い時間、目にしたり手にしたりするものは?…と聞かれたら、まっ先に思い浮ぶものは何ですか?愛車。庭。包丁やお鍋…。人によって、様々な答えが聞かれそうです。

私は、ピアノ…そして楽譜です。今愛用しているピアノ以上に長い時間(かれこれ20年以上!)を、一緒に過ごしている楽譜もあります。そうなると、お互いに(!)、連れ添いながらかなりの時間を重ねているわけで、あちらこちらにガタ、というか、傷みもでてきます。

手元にある楽譜は、日本で製本されたものの他、ドイツ、フランス、ポーランド、ハンガリー、フィンランド、チェコ、イギリス、ロシア、イタリア、アメリカなどなど…かなりの国からのかなりの種類に及びます。

それぞれにお国柄のような個性があるのがなかなか面白い!…そこで、今回はそんな愛すべき相棒たちについて、少しご紹介してみたいと思います。

ドイツの楽譜(H社):どんなに酷使(かなり無造作に荷造りして、日本~ヨーロッパ~アメリカ、と、長距離移動に付き合わせた他、同じバックにジャガイモやにんじんをつっ込まれるなど、かなりダメージを加えられたことも…)しても、決してほつれない。壊れない。また、どんなに分厚くても、一度ならせば譜面台の上できちんと開き、ページが戻ることもない。手になじみ、めくりやすい紙質。どこまでも、楽譜を使う人のことを考えている。ドイツの物づくり気質を感じる逸品。ただ、ドイツ、オーストリア以外の作曲家のものには、内容(音、フレージングなど)に疑問点があるものも。また、楽譜によってはフィンガリング(指使い)が日本人の手に合わないものも見られる。使いやすさ、耐久性ともにナンバーワン。

フランスの楽譜(D社):おしゃれでシンプルな装丁。作品によっては、表紙がまったく通常のD社の仕様ではないためそれと気づかない、絵本のように可愛らしいものもあって楽しい。さらに、ページを開くと作曲者や作品によって異なるイラストが入っていて、文字のロゴも吟味されていてデザイン性高し。耐久力は強くなく、長年にわたって使用しているとはらはらとページがはがれてしまうものも。楽譜を開いた瞬間から、色々な意味でのフレンチテイストに誘われ、芸術的ムードナンバーワン。

ポーランドの楽譜(P社):ショパンの作品には絶大な信頼性あり。厚みのあるものでも譜面台上できちんと開くのだが、やがてパリパリと剥がれてくる。一冊だったはずの楽譜が、いつのまにか二冊に分断されていることも…。紙質があまりよくないので、すぐに表面が毛羽だってくる。デリケートな扱いが要求される度ナンバーワン。(近年、この会社は日本で印刷されていているのですが、こちらはかつてポーランドで作られていた方です)

日本の楽譜:紙質は申し分ないし、耐久性もドイツのH社と並んで秀逸なのだが、会社によってはめくりにくい(めくってもすぐにもどってしまう、など…)。また、ある程度以上の厚みになると、譜面台の上に広げにくく、いつまで経っても両サイドを他の楽譜でおさえないと使用に支障があるものも。製本がしっかりしすぎているのがかえって仇になっているのか。譜面台の上でのおさまりの悪さ&手に入りやすさナンバーワン。

アメリカの楽譜(I社):作品によって、表紙の色にバリエーションがあるが、そのほとんどがどぎついカラーをもつ。ちなみに、どんなに濃い色をしていてもタイトル文字は黒一色。表紙の無機的なデザイン、レザックのような厚紙から受ける質感はエレガントではないが、触るたびに“デニム”を連想して楽しむことも可能か。様々な作曲家によるマイナーな作品もカバーしているが、ミスプリントの多さはナンバーワン。

ロシアの楽譜(д社):ホッチキスでとめてある楽譜の“背”部分が、購入前から毛羽だっていた(*購入場所=ブダペスト)。数回の使用でその折り目の上下から切れてきた。また、やはり購入前から表紙に描かれているラフマニノフの顔のイラストの、鼻の部分が剥げていたのは、出版社ではなく楽譜店の管理のずさんさからか。ページによってはインクの色の濃さにムラ有り。哀愁ナンバーワン。

…などなど。まだまだ、紹介したい相棒はたくさんいるのですが、思いつくままにピックアップして勝手な思いを書きつらねてみました。(*それぞれの感想は、ごく個人的なものです。)

「使用する楽譜は、どの出版社のものが一番よいのでしょうか?」というご質問を受けることも少なくないありません。でも、それぞれに個性や特徴があるので、総合的にこれが一番です、とか、この出版社が完璧です、とはなかなかお答えしにくいのです。考えてみたら、楽譜を使う私たち人間だって、完璧であることなどありえないのに、相手にばかりに完璧さを求めるのは身勝手というもの。その個性を愛し、足りない部分は他で上手に補いながら、世界中から縁あって私のもとにはるばるやってきてくれた彼らと、これからも末永く関わっていけたらと思っています。

2008年05月23日

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