第371回 ぼ~っとしながら柔らかに…

人は見かけによらぬもの、と言われますが、正確には“人は見かけだけによらぬもの”ということなのではないでしょうか。ちなみに私は、その最たるもの。確かに、馬鹿がつくほどに真面目なところは見かけのとおりですが、生理整頓はお手のもの、要領よく用事を済ませ、無駄なくソツなく行動して、色々なことを算段しながらてきぱき生きている…ように見てくださる方が少なくないのです。

実際はもちろん、さにあらず…小さいときから何をするのにも人一倍時間のかかる、いわゆる「不器用な子」でした。二つ年下の妹の方が、計算するのも片付けするのも(ごはんを食べるのも…!)何でもさっさとできましたし、ピアノの練習も上手で、曲が進むのも私よりずっと早かったのです。周囲の人は、何をするにももたもたしてしまう私を、さぞもどかしい思いで見守っていたことでしょう。「妹とおねえちゃんが反対みたいね」と、よく言われていました。

でも、言い訳になってしまいますが、かといって「何もできない子」というわけではなく、ただ時間がかかってしまうだけだったのです。だって、片付けしていて、ふと思い出の手紙が出てきたりしたら、つい読みたくもなるでしょう?そして、読んだらまた、色々な思い出がわいてきて、ついぼ~っとしたりしてしまうものでしょう?そうこうする間に、その子に久しぶりにお手紙が書きたくなってしまったり、その頃よく一緒に歌っていた歌の歌詞が一部、思い出せないともなれば、誰かに聞いてまわりたくもなってしまうわけで…。

確かに、この時の私を客観的に描写すると、「お片付けをしていると思ったら、紙を見つけてはたと手が止まり、しばしぼ~っとした後、唐突に『ママ!キャンディキャンディの歌詞の、二回目の“なんとかなんとか大好き”の、なんとかなんとかのところって、かけっこスキップ、だったっけ?』と、思いつめたような目で尋ね、知らない、と言われてちょっといらいらしはじめる」と、少々挙動不審な感じになってはしまうのですが。

だから、「うちの子は、ぼ~っとしていて困るんです」と、よくご父兄から相談を受けますが、その“ぼ~っとしている子”の心の状態は、自分がそうだっただけに、よく分かるのです。ぼ~っとしているように見えるけど、その時彼の頭の中は、様々な自問自答、興味の展開、観察から得た結果の発展的応用と過去の経験例との照合…などなど、壮大な思考力・想像力でフル回転していることが多いのです。

ぼ~っとしている子(くどいけど、正確に言うと“ぼ~っとして見える子”)が不意に、大人が「何を言い始めるんだ、この子は!?」と、面食らうような、突拍子もないことを話したりしするのは、そのためです。でも、そんな貴重な場面に居合わせる幸運に恵まれたときには、私はとことん「どうしてそう思ったの?」と質問して、セッションする時間を持つようにしています。一生懸命に自分の思っていることを伝えようとしてくれる子供の話に耳を傾ける時って、どうしてこうも幸せな気持ちになるのでしょう!…それは彼らが純粋に自分の疑問や考えに向き合う、という「インプット」をしながら、他者にそれを分かってもらおう、伝えよう、とするアウトプットな方向(コミュニケーション)にも、ひたむきに意識を向けているからかもしれません。

だとしたら、それこそアーティストの原点!私にとって、芸術に触れる喜びは、そんな子供たちと接することから得られる幸福感ととても似ているのかもしれません。

「うちの子は、自分からなかなか練習しなくて…」ある意味では自然なことです。うまいこと練習させるように導くのが、周りの大人(教師、ご家族の方)の仕事なのですから。音楽(ピアノ)の存在が、彼らの心の支えになってくれれば、それでいいと思っています。音楽との関わりのなかから、自分が自分らしく物事を捉えたり、感じたり、表現したり(ひいては、生きたり…)することがどんなに素敵なことなのか、それがどんなに周りの人を幸せにすることなのか、に気づいてもらえたら、それで充分…というより、それが最高に嬉しいことなのです。

生徒さんが、「今、それができるかどうか」とか「うまく弾けるかどうか」は、実は私にはさほど重要なことではないのです。ただ、「できるようになるために努力すること」や、「努力を経て達成する楽しさ」、「自分の感性を信じて弾くこと(=表現すること)の心地よさ」と感じてほしいという願いがあるだけ。真の自信を身につけ、好きなことに対して、ずっと好きな気持ちを抱き続けていくために努力する楽しさを実感できれば、きっと自分にも他者にも思いやりをもって接することのできる、優しくも強い心の持ち主になれることでしょう。

困ったことに、そのためのお手伝いをしたい私自身がまだまだその域に達しているとは思えないのですが、桜の蕾が少しずつ柔らかに膨らんでいくように、毎日ほんの少しづつ、優しく柔らかな人に近づいていきたいものです。

2008年03月07日

« 第370回 フェイス・トゥ・フェイス | 目次 | 第372回 小さな本と小さなアイス屋さん »

Home