第370回 フェイス・トゥ・フェイス

クラシックファースト、という携帯ブログサイトから、一週間日記を執筆してください、との要請をいただきました。なんでもリレー式に次の音楽家の方を紹介していくものだそうで、日本を代表する某オーケストラのコンサートマスターの方から、バトンを受け取ったのでした。

携帯やパソコンで、広くたくさんの方に知っていただけることや、コンサートにいらしていただけない方にCDを通して演奏を聴いていただけるのは、本当にありがたいことです。でも、贅沢を言わせていただくとしたら、私が一番好きなのは「生身」でお客様と接すること。コンサートでもライブでも、講座でもかまいません。とにかくお客様のお顔を見ながら、そして反応を直に感じながら、音楽を通して交わりを持つことなのです。

バーチャルの技術も日進月歩で、最近では家にいながらにして、画面の前で様々なスポーツをリアルに体感でき、運動効果もあげることができるゲームソフトが人気だそうです。運動は苦手なので、もともと、自分からしたいとは思わない方ではあるのですが、するとしたらやはり自然の中がいいな…。楽器を弾くのが、単なる指や体の運動ではないのと同じように、本当のスポーツの醍醐味はやはり、外の空気や相手の存在を感じながら、人間のもつ感覚を総動員して呼吸している(生きている)のを感じる、ということにあるのではないか、と思うのです。

スキーなら山の空気や雪の匂いの中で、分厚いソックスやスキー靴、そしてスキー自体を履いていてすら感じる、雪の感触を味わいながら滑ることが、なにより素敵なのだと思いますし、屋内のスポーツであっても、対戦相手やチームの仲間とのやり取りこそが、愉しいのではないでしょうか。

でも哀しいかな、私の場合、黙っていてもお客さんがたくさんコンサートにいらしてくださる、という状態にはなかなかなれないのが現実…。自分を知っていただきたい、というよりも、まずクラシックの面白さ、奥深さをもっと多くの方に知っていただきたい、という焦りのような思いが、年を追ってつのります。

まず、ネックはピアノという楽器。ピアノはこんなにも完璧に、すべてを備えている楽器ではあるのですが、ギターのように簡単に持ち運ぶことができないし場所もとり過ぎてしまいます。楽器がある会場じゃないと“布教”活動ができない、というのがピアニストの宿命。でも、きちんとしたコンサートじゃなくてもいいから、クラシック音楽に親しむきっかけを提供したい…。

そこで、ピアノのない、しかもグランドピアノを搬入する広さもない会場に対応できるよう、電子ピアノを購入して、“ライブ”に備えられるようにしてみました。思いがけない場所から演奏する機会を頂き、普段クラシックを聴かない方にとても喜んでいただけて、大きな励みになりました。

さらに、昨年は音楽とは直接関係のない、カフェという空間で、ウィーンのカフェ文化についてのレクチャーをする、という企画に関わらせていただきました。今度は楽器がないだけでなく、ピアノ、そして音楽という専門外の歴史やカフェ文化について、音楽を聴いていただきながらお話しする、という試みでしたが、こちらも参加された方から大きな反響をいただけました。それだけでなく、私自身もそのレクチャーに関する準備の中で、様々な資料とにらめっこしながら、当時の歴史的背景や芸術家とカフェのかかわりについて改めて整理したり認識することができて、とても有意義な経験になりました。その日だけ特別にお客様にお出しする、ドリンクやウィーン菓子についても、お店のオーナーさんと打ち合わせを重ねていったのも、楽しい思い出です。

コンサートやレッスン、コンクールの審査や課題曲についての講座など、これまで私なりに色々な方法で音楽に関わってきましたが、他にできることはないだろうか…と、考えた時に思い浮かんだのがその、カフェでのイベントでした。そんなレクチャーだったら、楽器を持っていない方でも、予めの予習をしていただかなくても気軽に参加していただけますし、お互いに顔を見ながら音楽を通して、豊かな時間を共有できるのではないかと。ただ、問題は場所です。いかんせん、うちのレッスン室ではあまりにも狭すぎるのです。

でも、口に出して言ってみるもので、この話を聞いてくださったあるお店のオーナーさんが主旨に賛同して「うちの店を使ってください」と、おっしゃって下さったではありませんか!しかも、この4月からの半年間全12回分の日程を、定休日を使ってお店でさせて下さるというのです。その上、コーヒーまでお出しくださるとのこと。なんという幸運でしょう!このお店の協力により、私がかねてから夢みていた『クラシック音楽をもっと楽しむための、サークルみたいな音楽仲間とともに、できればお茶付きで楽しく学べる、大人のためのバーチャルじゃない音楽塾の開設』が実現したのです(開設、は実現したけど、参加者を集めてちゃんと開講できるかどうかは、これからの努力にかかっているのでありますが)。

これは何としても、いいものにしたい!音楽いっぱいのひと時をフェイス・トゥ・フェイスで共有できる、素敵なお仲間に出会えることを願ってやまない、近年になく(?)ドキドキしている春です。

2008年02月29日

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