第346回 空っぽな季節を

この時期になると届くのが、バカンスシーズンの様々なお誘いです。イギリスの長距離バスやフランスの鉄道会社からの、バカンス期間のキャンペーンのお知らせを見るにつけ、ついため息が出てしまいます。行きたいのに行けないからではなくて、ヨーロッパからのお知らせがどれも、バカンスシーズンの特別な料金設定になっていることが、つい羨ましくなって…。

日本ではお盆や年末は長距離バスも指定席料金も通常より高くなったり、お得な回数券が使えなくなったりするのに、あちらはその反対。区間によっては半額になっていたり、早割りがあったり、家族割引などなど…。人が動くこの時に、とばかりに、あの手この手で消費者のご機嫌を伺っている感じです。勿論、ホテルは高くなってしまいますが、移動手段で節約できるのは大きい!いやがおうにもバカンスへの期待感が高まります。

そもそもバカンスは、私たちの抱く避暑のための贅沢なものというイメージとは程遠く、彼らにとっては健康維持のために必要なものだとききました。緯度が高いので、冬は極端に日照時間が短くなるのですが、そのためにビタミンDが不足してしまいがちになってしまうそうなのです。ビタミンDは健康な骨を作るのにとても大切な成分なのですが、充分な量を食品から得るのが難しく、そこでもっとも有効な摂取方法といわれているのが紫外線を浴びること…つまり日光浴ということなのです。

今はどうなのか分かりませんが、昔は赤ちゃんをよく日光浴させていました。今思うと、紫外線を浴びることは赤ちゃんの丈夫な骨を形成するために、とても理にかなった習慣だったのです。そういえば私も生まれたばかりの頃、よく裸で日光浴をしていたようで、いくつかヌードの(!)写真が残っています。その暗く厳しい冬を乗り切るために、バカンスには太陽の恵みを求めて移動し、心と身体の栄養をしっかり摂取する…というのが彼らの“健康法”なのでしょう。

今では紫外線というと、皮膚がんやシミのもと、と嫌がられるばかりで、家の前の遊歩道を歩く人も、みなさん帽子をかぶったり日傘を差していたり、サングラスをかけていたりはたまた袖を覆う長い日除け用手袋をしていたり…と、とにかく紫外線対策に熱心なようにお見受けします。でも、考えてみたら美しい花や滋養豊かな野菜を育くみ、人間を前向きな気持ちにさせる太陽の光が身体に悪いことばかり…だなんて、不自然なことです。

かく言う私も、年々増えるシミにはほとほと悩まされ、なんとか紫外線の悪い影響を受けずにすむ方法はないかしら、と考えたりしたこともありましたが、もともと何事も“明るい”のが好きな性分。空調設備のない寮に住んでいた音大生時代、夏は毎朝暑くなって目が覚めていたのですが、そんなある夏の日に「どうせだったら太陽に起こしてもらって目が覚める、っていうのはどうかな?」なんて思いたち、それ以降は太陽の光ががんがん顔にあたって目覚めやすいように、毎日南側のカーテンを開けて眠っていたほどです。紫外線対策、なんて言葉はその頃私の視野に入っていなかったので、“シミ”というかたちでそのしわ寄せが来ているのは間違いありません。今頃になって「シミが…」なんて気にしはじめても、後の祭りです。

老化の象徴と思われているからか、人はシワとかシミとか、髪が薄くなることなどを気にしますが、私は年々、それらがさほどいやじゃなくなってきました(歳のせい?)。そんなことにとらわれて笑顔が少なくなったり、のびのび行動ができなくなってしまうことの方がつまらないのでは、と…(屁理屈?あきらめの境地?)。だって、真っ黒に日焼けした子供たちの笑顔の眩しいこと!ご自身も顔を赤く日焼けさせながら、子供とキャッチボールしているお父さんのステキなこと!それに、オードリー・ヘップバーンといいルービンシュタインといい、魅力的な人の顔には好きシワありき!です。オゾン層が破壊され、紫外線も昔のようなレベルではなくなってきたから、そんな悠長なこといっていられないのよ、ちゃんと防がないと…、なんて目くじらを立てるなら、ただ自分だけを「防御」している場合ではなく、その破壊されたオゾン層をやらをなんとか「蘇生」させることに、もっと取り組まなければいけないのでは?

フィンランドの人もフランスの人も、まったく紫外線を気にしないというわけではないでのでしょうけど、この季節ならではの“恵み”を、芝生に寝転んで全身に浴びたり、背中いっぱいにつけられた太陽の“足あと”を、タンクトップから誇らしげに見せびらかして(?)街を闊歩する彼らは、大らかさと気取らない生き方が垣間見えて、やはり格好いい…。シミやシワなんて、自分以外は誰も気に留めてたりしない、実は“とるに足らない”ものなのです。

バカンス→vacant→空っぽ。そういえば、空(くう)、とは禅の中で最も重要な悟りの境地です。そして、空(そら)には太陽…。

フランスなどでは当たり前とはいえ、日本では2ヶ月も3ヶ月も取るなんてまず無理なことです。でも、せめて気持ちだけはのびやかに、この季節の“空(くう)”と“空(そら)”を楽しんでしたいものです。

2007年08月10日

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