第334回 自然が教えてくれる

気持ちのいい季節です。「風薫る五月」とは、まさにこのこと!日々成長し、大きくなっていく木々の葉や花のつぼみ…。自然の息吹はもちろん、都会(ここはそう呼ぶには微妙…)にいても触れられますが、地方ではさらに強いエネルギーが感じられることでしょう。こんな時、ちょっとだけ日常のテリトリーを離れて、何ものかに呼ばれるままに、知らない所を旅してみたくなってしまいます。

実に“何ものか”に呼ばれる感じがして、いてもたってもいえられなくなる時があるのです。去年はフィンランドに、その前はスコットランドに“お呼ばれ”しました。今年は、前回のエッセーでも書きましたが、フランスのピレネー山脈付近、“フランス南西部”といわれる地域です。

『書を捨てよ、町に出よう』という劇作品を書いたのは、青森県出身の寺山修司です。若い時は「作家でありながら、若者に“書を捨てよ”とは、なんて人なんだろう」と思っていましたが、ちょっと分かるような気がしてきました。それは、頭で学び、頭で理解してすべてを知ったつもりになるのではなく、自らが体現して得たことを大事にしよう、ということだったのです。

例えば、ずっと難しい、難しいと思いながら譜読みしていたフォーレの“舟歌”でしたが、つい先日ボートに乗って、きらきら光る水面や水の音、その上での揺れを体に感じたとたん、ふわっとラクに、自然にその音楽のリズムや流れをとらえられるように(少しだけ)なった、という経験をしたばかりです。『楽器を捨てよ、山(自然)に出よう』。

もともと、さほど物欲(注:食欲以外の)がないようで、都会にはあまり頓着しない方です。世界遺産を観てまわることに、特に興味があるわけでもありません。その土地で、その土地の人の目線になるべく近いところで一定の時間を“過ごす”ことができれば、それが最高のリフレッシュになるので、私の旅は結果的に、いつもリーズナブルな路線になります。宿はなるべく“地方”を満喫できる、30室以内の小さなところを探すようにしていますし、移動は、時間がかかってもできる限り陸路を使います(そういえば、日本を旅している外国人旅行者も、なんだかそんなスタンスで行動している方が多いように見受けます)。列車も、ビジネスマンが多い一等車じゃつまらないから二等しか使いませんし、地元の人よりバカンス客が多いような季節と場所は、なるべく避けてしまいます。

このフランス南西部というのは、素敵なワインで最近注目を集めている、地中海のリオン湾に面したラングドック・ルシオン(位置的にはプロヴァンス地方の西隣)、さらに世界的に有名なワインの産地ボルドーを中心とするアキテーヌ、そしてその中間のミディ・ピレネーと呼ばれる三つのエリアからなるところです。地域によってバスク地方だったりカタルーニア地方の流れだったりするのですが、私がパリよりもプロヴァンスよりも、どこより強くそこに惹かれるのは、素晴らしい芸術家がたくさん出ているところだからです。ラヴェルはピレネー付近のバスク地方出身だし、フォーレ、セラヴィックといった作曲家の他、スペインのチェリストカザルスゆかりのプラドという町も、カタルーニア地方のピレネー山脈の南西部。そのほか、画家マイヨールもこの辺の出身ですし、ピカソやブラックらによるキュビズムの舞台でもあったところです。

そしてもう一つ。なんと言っても、このエリアは美味しいプロダクツが多く作られているところでもあります。先ほどのラングドックの他、サンテミリオンやボルドー界隈は言わずと知れたワインの名産地ですし、ソーテルヌはこれまた世界三大貴腐ワイン(他はハンガリーのトカイと、ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼ。ソーテルヌが一般的には最も高価…)の産地。その他、ロックフォール(世界三大ブルーチーズの一つで、最も高級とされるチーズの産地!)、ペリグー(これまた、世界的に高品質なフォアグラや、トリュフの産地)、フランスのチョコレート発祥の地で、フランス一の品質を誇る生ハムも人気のバイヨンヌ。嗚呼、地名だけ眺めていても、コレスレロール値がうずうず上昇しそう!…そうそう、薫り高いセップ茸も忘れてはいけません!…もう、うっとりです。

あら?自然と芸術の息吹を感じるために、なんて言っていたのに、気がつくと食べ物のことで頭がいっぱい…。困ったものです。困ったといえば、フランス語もほとんど分からないのに、フランス語ばかりでなく、バスク語やカタルーニア語も話されるという南西部を一人旅なんて、本当に大丈夫なのでしょうか。

2007年05月11日

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