第324回 師のことば

「どう?やっぱりベートーヴェンって、すごいと思わない?」「はい!そうですね~」「こんなに一生懸命、ものを作ることに打ち込める人って、素敵よね…」「はい」「いいなぁ、今日はベートーヴェンのよさを実感できたなぁ…Mちゃんは?」「…はい、私もすごいと思います」「それも、Mちゃんの演奏が良かったからよ(と、言いつつちょっと涙ぐみながら)」「ありがとうございます!(パッと顔を輝かせ、同時にちょっと涙ぐみながら)」

ベートーヴェンの作曲技法は緻密にして愉快です。極限までシンプルなモティーフ(動機)を、思いもよらないような展開に持っていくのです。様々な演出にも長けているけど作為は感じさせることなく、あくまでもアプローチは自然だし、きっちり期待に応えてくれたと思いきや、するりと期待を裏切ったりもして、いい意味で聴く人を振り回してくれる…。ぶれることない強いアイディアを持って方向性を見失わず、その構成力は他の人とは比較になりません。そして何より、揺るぎない音楽への情熱がそこここに感じられるのです。…それらをレッスンの中で具体的にアナリーズ(分析)していくと、生徒さんと一緒に私も改めて感動してしまうのです。

「先週、シェベック先生のマスタークラスを見学したんだけど、その時に学生が弾いていたシューマンを聴いていたら、なんだか感動して涙が出てきちゃっって…すごく困ったんだよね。クライスレリアーナだったんだけど」桐朋学園大学時代、レッスンの時に恩師の林秀光先生がちょっとはにかみながらお話になったのを、ふと思い出しました。「なんていうか、ひたむきでさ。それにやっぱり、クライスレリアーナって、いい曲だね…」

その時、教授とか学生とか言う立場を超えて、いい演奏に対して、一聴衆(?)としてそれを受け入れ、感動することができる林先生を、すごく素敵だと思いました。そして私も、将来ピアノを教える立場になっても、人の演奏に対していたずらに批判的になったり、作品に対する新鮮な感動を失ったりはしまい、と心に誓ったのでした。

林先生はまた、ハンガリーのリスト音楽院への留学が決まった時には、こんなことをおっしゃいました。「今まで僕のレッスンで習ったことは、なるべく忘れなさい」…なぬ?今まで数年に渡って、必死に学び取ってきたことを忘れなさいとな?…きっとその瞬間、私は混乱で目が泳いでいたことでしょう。でも、それも実際に現地に行って、少しずつ理解できるようになってきました。それは、思うに、自分の中の既成の価値観、概念にとらわれることなく、先入観を捨てて別の解釈法やアプローチの仕方、新しいテクニックなどをどんどん試してみてごらん、という、先生の心からのはなむけの言葉だったのです。

「プロになった時にも、いかにアマチュア的な志、“アマチュアイズム”…のようなものを、失わないでいられるか、が、とても大切だと思うんだな…」後に桐朋学園の学長になられた、音楽評論家で、名著『ショパン』でも知られる遠山一行先生が、講義の中でこんなことをおっしゃったことがありました。

当時は「なるほど合点!」と、その言葉の奥底の意味をきちんと理解することが出来なかったのですが、この言葉も長い間気になっていました。今は、それは世阿弥が『花伝書』で言うところの“初心忘れるべからず”にも通ずる心得のようなものだと受け止めています。プロフェッショナルとしての意識や経験、技術と、アマチュア的純粋な興味、面白がってのめり込み、ほれ込んでしまうような屈託のない情熱の両方ともが、大切なのです。

林先生といい遠山先生といい、言葉はシンプルでもその示唆は大変に深く、大きな影響を頂けたような気がしています。

高校生のMちゃんとは、もちろん年代が違うけれど、音楽のパワーに触れた時に感じる喜びは、通じ合えるものがあるのを感じています。だからレッスン中、ふと気がつくと、ふたりしてじわ~っと涙ぐんでいることもしばしば…。「やっぱり音楽っていいものよね」「はい!」…その日のレッスン終了後、Mちゃんはお母様が焼いてくださったという美しいアップルパイを、少しはにかんだ笑顔を浮かべながら私に手渡して、帰っていきました。レッスンの後、そのアップルパイをゆっくり味わいながら、Mちゃんのこれからの人生に、音楽がたくさんの幸せをもたらしてくれますように…と、祈る気持ちでいっぱいになりました。

2007年02月26日

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