第316回 一ヶ月が過ぎ、一ヶ月後に…

初めてのソロアルバム、『piano pieces from Finland』が12月始めにリリースされて、一ヶ月が過ぎました。世の中の需要や販売しやすさなど、マーケティング的な要素を一切無視して、心から好き!と思えるもの、こんなCDなら繰り返し聴きたいと感じて下さるのではないか、と思うものを自分なりに追求して、形にしたアルバムでした。プロデュースに関わって下さった方や、ディレクターの方との雑談のなかで、冗談まじりに「すごくいい選曲だけど、こんなマニアックなアルバムを手にとって聴いてくれる人、どのくらいいるんだろうね!」なんて、笑っていたほどです。

ところが発売してまもなく、私たち作り手の予想は、嬉しくもはずれたことを知りました。CDの数少ない取り扱い店やインターネットのサイトを通して購入して下さる方は思いのほかいらして、しかもたくさんの方がご意見をお寄せくださったのです。その多くは「普段はほとんどクラシックを聴かないけれど、このアルバムは繰り返し聴いています」「知らない曲ばかりなのに、なぜか懐かしい響きがして、親しみを感じました」「仕事をしながら(あるいは、仕事に行く前に)つい、聴きたくなってかけています」という、まさに作り手冥利に尽きるようなお声。本当にありがたいことです。

共通するのは、ほとんどの方がヘビーローテーションで聴いて下さっているということ。こんなに嬉しいことはありません。なぜなら私自身、せっかく手に入れたCDも、一度聴いて“お蔵入り”になってしまうことがままあるので、自分がもし、CDを作ることになったなら、何度も聴きたくなるようなものにしたい、と夢見ていたからです。

それでも、恐らくは聞いたことのないピアニスト(!)が知らない作品ばかりを弾いているCDを買うことをご決断くださるのは、勇気を要することだと思います。皆さんの暖かいご支援には、感謝あるのみです。

そして新年早々、またも世の中の動きを無視してコトを起こそうとしているのであります。一年で一番寒いし、人が一番動かないといわれる2月に、またしても地味なプログラムでのリサイタルを企てているのですから…!昨年第一回を行ったコンサートシリーズ『SYMPOSION』の第二回目です。今回は“北欧の大地から”と題して、ノルウェーのグリーグ、フィンランドのシベリウスの二人に焦点をあてました。北の芸術家に共通する穏やかさと、情熱的な内面を持っている二人ですが、お国柄も手伝ってその作風には明らかな違いがあります。アカデミックでロマン派的な情緒にあふれたグリーグ、時に超自然的とも思われる世界感を、形にとらわれず曲に写し込んだシベリウス。…ただ、二人ともうらやましいくらい、誰よりも理解と共感を深め合うことの出来る、素晴らしい伴侶に恵まれていました。

今年の年末年始は、10数年ぶりに仙台でゆっくりと過ごしています。当初はおせち料理も母と一緒に作ろう!と思っていたのですが、ずれにずれ込んだ年賀状書きでやむなく断念。それでも、念願だった祖母の着物を着せてもらったり、のんびり初詣にでかけたり、両親と温泉に一泊したり…、と、贅沢なお正月休みを過ごすことができました(そのため、今回のエッセイの更新が一日、遅れてはしまいましたが…)。

今年は暖冬であるとは言われていますが、それでもキーンと冷たい、透明な空気はやはり関東のそれとは異なる、東北ならではものです。「寒さが人の気持ちを暖かくする。春の喜びの大きさは、どんな冬を過ごしたかによる。」と語ったのは、極寒の地アラスカで長い間生活をしていた写真家の星野道夫さんでしたっけ。

私はどうも、北で生まれたものには、例えそれが日本のものではなくても、どこかに愛着や故郷の訛りを聞いたときのような懐かしさを感じるようです。そういえば、以前オーケストラとグリーグのピアノ協奏曲を弾いた折も、フレーズ感やら様式感といった“形”にあまりしばられず、なんとなくのびのびと“感覚”で弾けて、とても楽しかったのを思い出しました。

寒い季節の体験から、その寒さのもつ厳しさをきちんと受け入れ、そこに暖かいものの有難さを感じたり、隣人に対しての思いやりを持つことのできる幸せを、胸に抱くことができる…。人間にとっての幸福とは、自分がなるというよりも、人と共にそれを感じることの方がずっと大きいものなのかもしれません。

寒いかもしれないけれど、寒い時期だからこそ、北国の音楽に触れてみて頂きたい、と思ってしまいました。そして、お客様と皆で囲炉裏を囲んで、語り合うような時間を過ごしてみたい…(我がままかもしれないのですけど)。CDのリリースから一ヶ月が経過した、ということは、次回のSYMPOSIONまであと一ヶ月、ということ…!自分の準備はもちろんですが、それ以外に一番大変で、最後まで気をもむのは集客です。同じような気持ちを抱いてくださる方がお一人でも多く、リサイタルにいらして下さることを祈るばかりです。

2007年01月05日

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