第314回 創作、創案、でっちあげ

タイトルは、“invention”の意味です。あたかもそうであるかのように捏造すること、ともありました。『二声のインヴェンションと三声のシンフォニア』の中で、バッハがやりたかった試みの極意を、この言葉が端的に示しているような気がします。

先日のオールバッハプログラムによる“ピアノライブ”は、私にとってあらゆる意味で挑戦でした。プログラムがすべてバッハ、ということも、わざわざこの日のために、空間デザイナーの筒井さんにエントランスのブースや舞台製作をしてもらう、ということも、特殊照明やモニター画面に手を映し出すプロジェクターを使った演出も、お話しの内容やドレスについても打ち合わせをしながら準備をしていく、という段取りも…初めての経験でした。

フライヤー(チラシ)の写真撮影、メイク(!)、デザイン…。すべてプロデューサーの金澤さんとの話し合いの中で煮詰めていきます。演奏曲目や曲順も、途中彼の提案によって変更になったり、当日お話しする内容についても、できる限り納得のいくものに近づけるべく、チェックが入ったり。その結果、フライヤーは「クラシックっぽくないね!」と言って皆さんに手にとっていただきやすい素敵なものになりました。彼のこだわりは細部にまで及び、当日の開演のベルに至るまで、会館備え付けの味気ないブザー(失礼!)ではなく、特別な音源を使用する、という徹底ぶりでした。お客様になんとか、喜んでもらいたい!そして、できればこのコンサートをきっかけに、クラシックの良さを再認識していただいたり、バッハを好きになって頂けたら…という共通の思いによって、プロデューサーの金澤さん、デザイナーの筒井さん、そして私の三人は完全に「お仕事」抜きでつながっていました。

アンコールの曲を弾き終え、満員のお客様の温かな拍手を頂きながら、これは私一人に向けられるべきでは到底ないものだと思いました。気づいたら、照明のブースに引っ込んでいるプロデューサーの金澤さんに向かって、ステージの上から小さく手を振っていました。できれば、そのとき舞台袖で、頂いたお花束を音がしないようにそおっと抱えながらじっとひそんで(?)いた、空間デザイナーの筒井さんも、カーテンコールしたいくらいでした(これは、打ち合わせしていなかったため、断念)。“私の”コンサート(ライブ)ということになっていたけど、そうではなく…“私たちの”ライブ、でした。

「色々なことを言う人もいるかもしれないけど、バッハの時代に彼は、先人のスタイルをふまえつつも、ある部分を壊して、新しいことを果敢に試みたりしてきているのだから、あなたのアプローチはアーティストとして、とても意味のある挑戦だったと思います。」「意外な、そして興味深いお話しを聴きながら音楽に触れることで、よりいっそう理解が深まった。楽しかった!」「バッハの息子(C.P.E.Bach)のピアノソナタが印象的だった。偉大な親父さんからの流れを持ちながら、親父さんとは違う、独自の方向性を見出そうとしている姿に、共感を覚えました」

皆さんから頂いた感想の一つ一つが、心にしみます。慣れないことに、演奏に集中しきれなかった場面もありましたが、そんなふうに皆さんが楽しんでくださったのであれば、すべて報われるような気がしてきて…同時に、感謝の気持ちで満たされるのです。

「こんなコンサートのスタイルはいかがでしょう?」「今回はあえて、こんな作品をピックアップしてプログラムを組んでみました」「この作品を、今日はこんなアプローチで弾いてみます」…パフォーム(演じる、演奏する)こととは、表現することです。形にとらわれたり、人と比べたりしないで、のびのび創作して、どんどん創案して、ひたむきにでっちあげていってもいいのかもしれません。但し、いつも作曲家への敬意や、お客様への誠意を決して忘れることなく…。

昨日は、墨田区の老人介護施設でのコンサートに出演しました。皆さんの笑顔、楽しそうに頷きながらお話に耳を傾けて下さる姿が、印象的でした。

私は、音楽と人が好きです。それを認識するたび、周りのすべての人に感謝したくなるほどの幸福を感じます。そして、そんな私に共感してくれるすてきな仲間が増えていることは、私にとって生きる大きな励みになっています。皆さん、本当にありがとうございました。そして、これからもどうぞよろしく…。

2006年12月21日

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