第306回 電気音体験す

電気を使う楽器が、苦手なのです。「電子ピアノしかないのですが…」というコンサートのオファーは、その条件できちんと音楽を表現する自信もないし、「私はピアノ奏者で、電子ピアノ奏者ではないからなぁ…」と考えては、なるべく避けてきました。ロックコンサートとか、ライブとか、楽しそうだかし行ってみたいものだ、と、思ってはいても、電気の音、しかも人間の耳のキャパシティーを明らかに超えている大音量に、私の神経質(?)な耳が耐えられるとはとても思えず、尻込みし続け、はや幾歳…。

そんな私に、遂に機会が訪れてしまいました!行きつけのお店のマスターがボーカルをしているロックバンドが、久々のライブをするというのです。聞けば、演奏曲目はすべてオリジナルとのこと。周りの常連さんも、ライブが近づくにつれ、当日を心待ちにしている様子が伝わってきます。行ってみたい→でも心配→でも体験してみたい→でも爆音に耐えるかどうか不安→爆音がクリアできたとしても、聞こえてくるすべての音が、電気(アンプ)を通した音、というのはきついのでは…。と、あれこれ迷った挙句、結局好奇心にかられて出かけることにしました。何事も、体験するのはいいことに違いないのです。

さて、迎えたその日。会場は満員で年齢層も幅広く、知っている方も沢山いらしています。60代と思しき方も聞きにいらしているのですから、そんなに耐えられないほどの音量ではないのかも…、と、ちょっと安心しつつ、開演を待つことしばし。そして、その時は来ました!幕が開くと、スパイダーマンのかぶりものに全身を固めたマスターが現れ、会場は前奏から大盛り上がり。他のメンバーも、ドラえもんあり、全身ぴたぴた黒タイツ姿(!?)あり…と、もう異次元空間です。

果たして、爆音でした。それも、すごい音でした。それなのに、なぜか会場は、温かな、どこかほのぼのしたムードにあふれているようにも感じられ、どうしてだろう、と思って回りを見回してみたら…お客様が皆、笑顔なのです。そして、掛け声をかけたり、音楽に合わせて手拍子を打ったり、サビのところで一緒にシャウトしたり、その場で身体を揺らして踊ったり飛び跳ねたりしながら、思い思いに「応援しているよ!」「楽しんでるよ!」というメッセージをステージに投げかけているのです。すごい。ステージと客席が表現し合っている!しかも、そのほとんどは30代、40代の大人ときた。あらら、日本ってこんな愉快な国だっけ?

「ロックってやはり、日常から非日常へと飛ぶお祭りだと思います その巨大な凶暴なパワーのぶつかりあいです」とは、ライブ翌日のブログのマスターの弁。巨大、とか凶暴、とかぶつかりあい、とか、言葉はカゲキだけど、同じ日のコメントには「大勢の人たちに助けられ生きてるんです  それを実感すること そして感謝すること  そんなことが 幸せ  なんじゃないでしょうか 」ともありました。この思いは、私もコンサートの度に、何よりも強く実感することです。

天才の残した、人類の遺産とも言うべき芸術作品に向かい、それを伝えるという責任(?)も担っているクラシック演奏家とロックミュージシャンとでは、違う部分もあるとは思いますが、音楽を媒体に人とコミュニケートすることや、自分の表現を追求することを目指すことには、違いありません。演奏者の人柄、ステージの楽しさ、客席との一体感…。ライブが終わった後、様々なキーワードが頭に浮かび、宿題をもらったような気分でした。耳はちょっと疲れましたが、この体験は思った以上に有意義で、しかも心底楽しいものになりました。

そして今日、私はついに、一歩を踏み出しました。電子ピアノを購入したのです。弾いてみると、やはり“楽器”というより“楽機”だな、という感は否めないのですが、「電子ピアノしかないのですが…」というオファーがあったときにも、きちんとお受けして、自信を持って演奏できるようになりたいもの。それに、電子ピアノを弾いて、今まであまりにも当たり前だと思っていたアコースティックなピアノの魅力に、改めて立ち返ることもあるでしょう(ちょうど、故郷の特徴を、故郷を離れたときに感じるように…)し、電子ピアノならではの機能に、いつか何かのヒントをもらうこともあるかもしれないのです。

たとえ電気をつかうピアノでも、音楽の楽しさを提供できる人になりたい。ピアノのないところでも、演奏を通して人とつながれる可能性を持っていたい。…夢がまた、増えました。そして、その夢への第一歩が、来月マスターのお店で行われるライブ出演に、決まりました。

2006年10月27日

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