第294回 人はやさしく陽射しは強く ~フィンランドで白夜焼け~②

ヘルシンキ名物の一つに、港のマーケット市場があります。毎日のように市が立ち、観光客だけでなく地元の人にも人気のスポット…と聞いて、出かけてみました。

マーケットには青空市場と、“オールドマーケット”と呼ばれる屋内の市場がありました。屋内の方には、チーズのお店や精肉店、燻製の魚を売るお店やデリカテッセンの他、フィンランド名物のトナカイはもちろん、熊の肉(!)の缶詰なんぞを置いているお店もあります。

建物の中から外に出ると、白夜の季節の強く輝くような陽射しが惜しげもなく照り付け、まばゆいばかり…。冬にはほとんど一日中、太陽が昇らなくなるフィンランドでは、夏のこの陽射しがとにかく貴重なようで、みんな涼しい風の吹く快適な木陰よりも、わざわざさんさんと陽が降りそそぐ暑い日向でくつろいでいるのが印象的でした。その姿は実におおらかで、まるで「日焼けによるシミ、ソバカスなんて気にしない。紫外線とはお友達!」…という感じです。

その日向で、みんなが美味しそうに何かにパクついています。美しい緑色のそれは、なんとグリーンピースのような、あるいはスナックエンドウのようなえんどう豆でした。市場で買ったそばからサヤの豆をだして、わしわしと食べているのです。第一発見者は母でした。「お豆をナマで食べてる!」とっさに反応するワタシ。「え~ッ!?ホント?食べてみたいね!」みんなと同じようにサヤを割って中のお豆を食べてみると、思いのほか柔らかく、またそれ以上にみずみずしく、自然な甘味があって実においしいではありませんか!一同「これはクセになるね」

過酷で極端な気温、日照時間や岩盤の多い地質などから考えて、この土地がイタリアやトルコのように、年間を通して様々な種類の野菜や果物の収穫に適しているとは思えません。それだけに、土地の人々は旬の野菜や果物を、ビタミンを逃さないように、時には加熱どころか、あえて洗うことすらさけて、その滋養をしっかり摂取しようとしているように見えました(そういえば、スオメンリンナ島に行くフェリーの中で、フィンランド人家族が皆で囲むようにして熱心に食べていたおやつは、やはりマーケットで買ったばかりのイチゴでした)。

でも、フィンランドにはさらにディープな味覚の世界があるのです。それは、国民的お菓子(駄菓子?)“サルミアッキ”。甘草エキスと、なんと塩化アンモニウムの入った飴のようなグミのようなもので、世界一まずい飴、という不名誉な(?)評価もあるとか。是非食べてみたい!…と、出発前から興味津々だったのですが、スーパーマーケットのサルミアッキの売り場に立った私はその種類のあまりの多さに愕然としてしまいました。袋に入ったもの、箱入りのもの…。見渡す限り、棚が右から左まですべてサルミアッキ類でうめ尽くされているです!

そのド迫力に圧倒されてキョロキョロしていたら、いつのまにか隣にいたご婦人を目が合いました。フィンランドの人は、目が合うと必ず「こんにちは」の気持ちをこめてにっこりと微笑んでくれるのですが、彼女の微笑みには通常の「こんにちは」だけではない、何かいいたげな様子が感じられました。「サルミアッキ!…これこそ、私たちフィンランド人が外国に行くと必ず恋しくなってしまう、他の国では決して手に入らない祖国の味なんです」「そうなんですか。実は日本でちょっとそんなことを聞いたもので、食べてみようと思って…」「フィンランド人はね、なにはなくとも、とにかくサルミアッキとラクリッツ(サルミアッキと似ているけど、こちらは塩化アンモニウムが入っていない)があれば生きていけるの。要するに、この二つがないと、生きていけないのよね」

そういえば、街中ではサルミアッキフレーバーのアイスクリームやパフェ、それにサルミアッキ風味のウォッカ、なんていうものも見かけました。彼女とのサルミアッキ談義が続きます。「それでこんなに種類が…?どれがどうやら…」「え~っとね、私はコレがオススメ。味がとても濃くて、筋金入りの伝統的なサルミアッキよ。二種類ある袋の、こっちが普通の砂糖を使用しているもの、こっちは私みたいなカロリーを気にしている体型の人のための人口甘味料を使っているもの。(私のお腹を見て)あなたは気にしなくていいわね」「私もいずれ、お腹がでてくるわ。だってほら、(と、少し離れたところにいた母を指して)母があんな様子ですから」「あら、とってもスマートな方じゃないの!私の母のお腹は、あなたのママの三倍よ!」

最後に彼女は、人懐っこい笑顔から少しだけ真面目な表情になって、「どうぞ、フィンランド滞在をたくさん楽しんでくださいね」と言い残し、また笑顔になって私を抱擁して去っていきました。そのサルミアッキの気になるお味はというと…。ヒトコトで言うなら“ヒトコトで言えない味”。都こんぶを固めて黒糖と発酵系アンモニア臭を加えたような、甘くてしょっぱく、ちょっぴり(強烈に?)臭く、かつどこかに植物のエキスの健康的なニュアンスが感じられる、世にも不思議なものでした。私にとっては決して嫌いではない…むしろ好ましくさえある味でした。

嗚呼、サルミアッキの魔法にかかって、フィンランドにますますはまってしまいそう…。
(*『フィンランドで白夜焼け③』に続く)

2006年07月21日

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