第293回 人はやさしく陽射しはつよく ~フィンランドで白夜焼け~①

日本を発つ前に少々準備はしたものの、フィンランド語にはやはり自信がありませんでした。ハンガリー語同様、ヨーロッパの他の言葉とは全く違う言語体系をもっていて、なにしろ数字も挨拶も、イエス・ノーすらも、まったく未知の響きなのです。でも、空港ロビーでそれとなく聞き耳をたててみると、それは驚くほどハンガリー語に似ていました(“アクセントが第一母音にくる”点が同じなのと、ハンガリー語のようにウムラルトのつく母音が多いので、似ているような気がしたようです)。俄然、親しみが沸いてきました。

名古屋発のヘルシンキ行き直行便は、憧れのムーミン号!フライトは10時間ほどだったので、ヘルシンキに着いてもまだ午後3時半です。予めインターネットで取っておいたご利益いっぱいの“ヘルシンキカード”を、空港で受け取ってバスに乗り、ホテルに向かいました。

飛行機が空いていてラクチンだったからか、フライトが短かったからか、早い時間にヘルシンキに到着できて興奮しているのか…。なんだか元気いっぱいなので、チェックインの後さっさと駅に戻って、3日後に移動する時のインターシティー(新幹線のようなもの)の座席の指定と、やはりインターネットで申し込んでおいた鉄道パス(一ヶ月の間の好きな3日間が乗り放題になるもの。夏の間はさらに“ホリデーパス”といって、お得な値段設定になっている上、65歳以上の老人はさらにその半額に!)を取りに行きました。

番号札を取って待っていると程なく順番が来て、ベテランと思しきマダムが対応してくれました。「ヨエンスー行きの列車の座席指定をしたいのですが…」「このパスには、座席の指定料金は含まれていないんですよ。指定料金は、距離の他に列車にもよるのだけど…」「あれ?そうだったんですね。どうしよう…。一応その日は12時34分発のインターシティーで、と考えていたんですけど」「そうねぇ、座席指定は取らなくてもいけると思いますよ。とにかく、空いている席に座ってしまってかまわないんですから。もしその席の指定券をとっている方がきたら、どいてまた空いているところに座ればいいだけなの…」「そうすれば、余計な出費をしなくてすみますね」「そうそう。多分、大丈夫だと思いますよ」窓口のマダムは穏やかに微笑みながら、流暢な英語で教えてくれました。

「じゃ、指定はなしってことにしてみます。ありがとうございます」インターシティーに乗るのは久しぶりだし、フィンランドの列車に乗るのはもちろん初めて。乗り物好きな私は、いやがおうにも期待が高まります。それにしても、「予約しなくても…」と教えてくれるなんて、なんだかハンガリーみたい…。

ヘルシンキで滞在したホテルのインテリアには、ちょっと驚きました。ロビーだけでなく、お部屋の椅子もテーブルもあのアルヴァ・アアルトのものだったり、ベッドサイドにさり気なく置かれているランプが気鋭のデザイナー、ハッリ・コスキネンのものだったり…。物価が高いことで知られる国ですが、インターネットの特別なサイトから格安で予約した中級クラスのホテルです。決して高級な五つ星ホテルというわけでもないのに、このレベル…。さすがに“デザインの国”フィンランドです。

ホテルの近くに、有名な石の教会、“テンペリアウキオ教会”がありました。これは、いわゆる『教会』、という観念からかけ離れたスタイルの建造物で、初めて目にした人はみんな度肝を抜かれるようです。この特別な建築デザインが、奇をてらうどころか、建築時にもともとそこにある岩盤に発破をかけることを回避するためのもので、結果、岩の自然な形が保たれているばかりか、その丸く大きな天井のガラス窓の中央は、渦巻きにまかれた銅線で支えられている、と知って、ますます驚いてしまいました。

これまでは、モダンデザインというと、無機質な感じやデザイナーの自己主張の強さに過剰に反応してしまって、どちらかというと敬遠していたのですが、完成度の高いホンモノのデザインというものが、こんなにもシンプルで自然で、しかも無機質どころかどこかに心地のよい温もりが感じられるものだったとは…!かくして私のモダンデザインに対する偏見は、簡単に覆されてしまったのでした。う~む、フィンランド、おそるべし。

でもその翌日、ヘルシンキ名物の青空市場で、私は見たこともない光景を目の当たりにし、さらなる驚きを経験することになったのです。 (*『フィンランドで白夜焼け②』に続く)

2006年07月13日

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