第285回 豊かな人の輪のなかで

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市役所から最寄駅まで半キロほどにわたって伸びている緑豊かな遊歩道の存在を知ったのは、まったく偶然でした。それは、あまり気持ちの良い天気だったので、散歩しようと外に出た、秋のある日のことでした。

ハミングロード、という公園の中の小路のような名前のついたその遊歩道には、四季それぞれにその変化を楽しめるような、様々な植栽が植えられ、適度に高低差とカーブがあって、ところどころに配置されたベンチもいい雰囲気です。どんどん歩いていくと、ちょうどその小路の終点付近に、建設中のマンションがありました。駅から歩いて1~2分の場所だというのに、小鳥のさえずりが聞こえてきて、遊歩道のハナミズキも表情豊かな風情です。建設中のマンションを見ると、ちょうどこの日、近くで入居説明会が行われているとあります。私はつい先ほどお団子やさんで買ったばかりの豆大福の入ったビニール袋を腕に提げ、そのまま、吸い込まれるように説明会の会場に入っていきました。

説明会場の中では、皆さんがキッチンの仕様のことやらオプション家具の発注などについてを、担当の方と話し合っていらっしゃるところでした。会場の係りの方に聞くと、このマンションはすでに即日完売で、入居に際しての抽選は終わっているとのこと。…よく考えたら、いくらなんでもよく知りもしない物件に飛び込みで食いつくのも無謀に思えたし、所詮縁がなかったのだ、と思って帰ろうとすると、「実は一件、一階キャンセルが出そうなお部屋があるのです。現在、お客様のお返事を待っている状態でして…。2~3日中には、正式なお返事がいただけることになっているのですが。」と、呼び止められました。

それが、今の住居です。一階だしエントランスの近くなので、マイナス面もありますが、それでもとても気に入っています。テラスは他の階よりも大きいですし、地震でエレベーターが止まってもあわてることもないのが一階の強み。しかも、“防音”の面を考えたら、理想的です。

もともと「マンションを買うなら、間取りよりも立地環境と利便性重視」と考えていました。間取りの変更は、リフォームなりなんなり、出来なくありませんが、場所を変えることは不可能ですし、私の場合、環境はとても重視するポイントなのです。例えば、生徒さんが安全にレッスンに通える環境かどうか。駅から遠かったり、危ないところを歩かせるようなことは避けたいし、かといって夜になってもある程度人通りがあったほうがいい…。この点はクリアです。それから、都会で仕事をして駅に戻った時に、ホッとできるような自然や“空間”があるところが望ましいと思っていました。これもクリア。もう一つは、できればよい住人環境にある場所が望ましいと願っていました。苦情やいざこざの中でピアノを弾き続けるのは、精神的に耐え難いことだからです。…でも、こればかりは、住んでみなければわかりません。

幸い、ご近所の方も理解ある方ばかりで、この点も今のところ、とても恵まれています。それだけでなく、この半年ほどの間に、素敵な仲間ができました。職種は様々ですが、皆さんご自身のポリシーや感性のアンテナを磨いている方たちばかりで、お話しするたびとてもよい勉強になっています。

音楽家は、そのあまりの過酷な練習や(完全な“休日”がなかなかない!)、それに見合うとは限らない収入とその不安定さ、追求していく芸術世界の厳しさなどから、それが特別に大変で、特殊な職業であると思いがちです。でも、皆さんとお話ししていくうちに仕事の厳しさは何の職業であれ関係なく、それぞれに厳しく、それぞれに尊いものであることを恥ずかしながら再認識させられたり…。

先日、そんなお仲間7人を家にご招待し、遅めのランチ(手作りガトーショコラのデザートつきフルコース!)をゆっくり食べていただいたり、お一人ずつのイメージから選曲したピアノ作品を一曲ずつ聴いていただいたり、と、とても楽しい時間を持つことが出来ました。皆さんから口々に「本当に幸せな時間でした」と言っていただいて、それはとても嬉しい、何よりの労いの言葉でしたが、一番幸せを感じていたのは多分私だと思います。

よい環境のなかで生きていくことは、人間社会の基本のはず…。その要素に、豊かな人の輪や自然、音楽や食の文化は欠かせません。周りの人に育ててもらいながら、社会を育んでいくことのできる大人でありたいものです。

2006年05月04日

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