第279回 三つの願い

満開の梅の花。外を歩けば、そこここから沈丁花の香りが漂います。待ちに待った春!…春に新学期を迎えるこの国に生きている喜びを、しみじみ味わいたくなります。

冬と別れ、春と出会う…。ただそれだけのことに心躍るのは、寒さの厳しいところに育った経験からなのでしょうか。この時期になるともう一度、来る新学期に向けての抱負を思い描いてみたくなるのです。

なにせ初詣の時に成田山新勝寺でひいたおみくじによると、今年の私の運勢は最強の“大吉”。なんでも“自分が求めなくても援助が得られ、三つの願いも一度にかなうほどで、万事が思い通りになる”というのです。その運勢の強さたるや“淵に身をひそめていた竜の昇天するときが来たよう”だそうで…。

普段はあまり、占いを気にしないようにしていますが、せっかくこんなに良いことを言ってくださっているのだから、今回はできる限り信じてみようと心がけています。それが功をなしてか、確かにこの頃、身のまわりにいい出来事が起こっている気がします。

例えば、大学の同窓生で卒業後してから、10数年間も会うことができずにいたドイツに住んでいる中学校からの友人と、ついにこの3月会えることになりましたし、ブログを通じて、かつての教え子からメールをもらい、数年ぶりに再会して、ピアノを聴かせてもらう機会を得たり…。演奏のお仕事を頂くのは、とても光栄なことですが、私にとって人との交友を温めることは何より嬉しく、また幸せを感じることなのです。

例えば、そのかつての教え子は、今はピアノから少し離れ、京都の大学で医学を学んでいるのですが、将来医者になれた時、患者さんにピアノを弾いてあげられたら、…との思いから、勉強の再開を決意したと語ってくれました。「でも、病院ではよく、音大の方とかが演奏の場を得るために、ボランティアでコンサートをしたりしているんですよね。私なんかがあまり上手じゃなく弾くことに、何か患者さんにとって“いいこと”があるのかな、と考えると複雑な気持ちにもなるんですけど…。先生、どう思われますか?」

「音大生が上手に弾いたのを聴いて患者さんが喜んでくれたら、それはそれで嬉しいことよね。音楽のちからであなたの患者さんが慰められたのなら…。でも、もしあなたが患者さんに弾いてあげたとしたら、それには音大生のコンサートとはまた全然違う大きな意味があると思うの。いつも診察しているあなたが、医学とか、あるいは医者としての立場からだけでなくて、一生懸命に楽器に向かって、音楽によっても自分たちのちからになってくれようとしている、と感じてくれたら、患者さんはどんなに励まされると思う?」

先日テレビで、茶懐石や精進の心について、その道の先生が「本当に大切なのは、お客様に自分の時間をたくさん使うことなのですよ」とおっしゃっていました。贅沢とは、高級な食材を出されることではなく、その人、その時のために費やされた沢山の時間や心遣いを受けることであり、そこにもてなしの極意がある、というのです。…彼女に話しながら、そんなことを思い出していました。

おみくじに三つの願いがかなうと言われた時、「じゃ、“健康”と“仕事”と“出会い”に恵まれますように…」と、とっさに思ったのですが、一つ変えようかな。改定版は「健康と、感謝や精進の心をもって過ごせますように」!

2006年03月16日

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