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      <title>ピアニストのひとり言</title>
      <link>http://www.suzuki-minako.com/essay/</link>
      <description>ピアニスト鈴木美奈子の週刊エッセイ”ピアニストのひとり言”をお楽しみください。</description>
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         <title>第404回　野菜とお肉とベートーヴェン</title>
         <description>危険な季節です。食べ物が美味しいから、ではありません（私としては、食べ物が美味しくなかったら、そちらの方がずっと危険!）。町に素敵なものが溢れてくるからです。

ワインの新酒、クリスマスのディスプレイ…。どういうわけだか毎年この時期がくると、着るもの（セーターもジャケットも…）や履くもの（特にブーツの誘惑に弱い）や巻くもの（巻きもの好きなのです。ストール、スカーフ、マフラー…）、そして下げるもの（バック！）が、欲しくなってしまって困るのです。

数年前から、靴とバックは今まで使っていたものがだめになるか、使えなくならない限り、新調しないで数を増やさないようにしています。今思えば、学生だったからとはいえ、ハンガリーにいた頃は、スーツケース以外、バックは大きなものと小さめのもの、一つずつしか持っていなかったのが不思議です。なければなｋでなんとかなるものなのに、どうもいけません。

大きい方は、たっぷりの楽譜が入るショルダーバックでした。日本人が外国でいい物を持って歩くのはよくない、と言われてもいましたから、合成皮革の安物を愛用していました。茶色で、特になんの特徴もないバックでしたが、いつもぽんぽこりんに膨らむほどのものを入れても、3年以上壊れずにもってくれました。

バックは毎日ぽんぽこりんになるのは、ベートーヴェンの分厚い楽譜が入っているからだけでなく、リスト音楽院の行き帰りの途中で食料品を買うからなのでした。向こうでは当時、プラスチックの袋をくれませんでしたから、袋は持参、ということになります。果物も茶色い紙袋にいれてくれるだけだし、お肉もそうです。卵も、紙でできた容器を持っていって、必要な個数を買い求めるか、そうでなければやはりたよりない紙袋にそのまま入れてもらうことになります。買い物袋は必須アイテムでした。

スーパーマーケットに行けば、プラスチックのトレイにのったお肉もありましたが、その場合「肉○○グラム：○○フォリント＋トレイ代○○フォリント」という具合に、トレイの分のお金が加算され、しかもその金額が表記されていました。お肉屋さんにいけば、必要な量だけをその場でカットしてくれたり、挽いてくれたりするのに、わざわざ高いトレイ代を払って、何時間も前にスライスした肉を買い求める人は少なかったように思います。おかげで紙以外のゴミ（不燃ゴミ）の少なかったこと!

今、世の中でエコだのウォームビズだのといわれ始めていますが、そのエコのために、といってバックや買い物かごを売ろうというメーカーも続出したり、ウォームビズ用の新素材が発売になったり、なかなか相手も考えるな、と感心します。

電気の節約のため、ヨーロッパではマンションなどの共有スペースの電灯は、センサー（あるいいは手動でスイッチを入れて）で点灯するタイプがほとんどでした。そしてそれは、3分もしないうちに自動的に消えるのです。冬場のヒーターも、電気ではなくお湯（またはオイル？）を循環させて温めるタイプのものでした。部屋だけでなく、廊下や洗面所、トイレまでみんな同じ温度に温まって、とても快適でした。

水は安いものではないので、彼らはほとんど、日本のように水を流しながらのすすぎはしていませんでした。洗剤をつけて洗った食器を、“すすぎ用”の水をためてある、別のシンク（ドイツなどでは、家庭でもシンクが二つ並んでいるタイプのものが見られました）か、洗いおけのようなものにくぐらせるだけなのです。

清潔好きな日本人は「それでは、洗剤がすすぎ用の水に入ってしまうじゃない？ちゃんとすすぎ落とさなくていいの？体に悪影響があるのでは？」とつっ込みたくなるところですが、そういう使い方をするのを前提に作られているのだから大丈夫大丈夫、と、彼らは屈託ありません。やれ除菌だなんだと神経質になってしまう日本とは違って、洗剤の洗浄成分もそれほど強くないのだとか。洗剤の成分が強くないぶんだけ、水も汚染も抑えることができるし、余計な水を使わなくてもすむから水道代の節約にもなって、何も悪いことないでしょう？…というのが彼らの言い分です。う～む。ちょっと分かるけど、よくわからない…？

でも、この頃は余計なことや余計なものに、ちょっと慣れすぎてしまっているのかな…と、反省したくなってきました。本当はブーツを新調したかったんだけど、この冬は我慢しようかしら。でも、こんなことをみんなで考えてしまったら、消費が落ち込んでしまいそうだけど、大丈夫かな。“地球に優しく、日本経済に厳しく”になってしまうのも、よくない気が…。いけないいけない、この手の経済の話は、とても苦手なのです。

折りしも今日はボージョレの解禁日！ハンガリーの新酒の季節は、みんな酒屋さんに空き瓶やポリタンクのような容器を持参して、量り売りしてもらっていたっけ…。ムズカシイこと言って格好をつけようとしないで、今夜は美味しいお酒を頂いておとなしく寝ることにしようっと。
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         <pubDate>Thu, 20 Nov 2008 12:57:23 +0900</pubDate>
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         <title>第403回　ヤモリの訪れ</title>
         <description>リビングの、我が家では一番大きな窓の網戸が壊れて幾とせ…。でも、もともとあまり神経質な方ではないので、網戸なしで窓を開けっぱなしにしていても平気、ということと、ジャバラ式で収納できる特殊な構造の網戸なので、修復が難しい（とっても高い!）、という二つの理由で、かれこれ3年近くもこのままになっています。

夏は蚊も入り放題。これにはちょっと困るのですが、彼らは網戸があっても入るときは入ってくるし…。あまり気にせず、せめて窓際に蚊取り線香を焚いてしのいでいます。なぁに、アウトドアだと思えば何てことありません（ちょっと違うかな）。風も生き物も入りやすい状態になっているお陰で(?)、たまに珍客が訪れたりします。夏には、いつもベランダのよしずの陰で涼んでいく野良猫が、「ここはなに？」という顔をしながら部屋に入ってきそうになり、目があって気まずい空気が流れたこともありました。

そして先日、レッスンが終わって部屋の外に出ると、廊下にヤモリがいました。開けっ放しになっていた窓から、いつのまにか入ってきたのでしょう（無用心ですね…）。これは初めてのことだったので、つい「○○くん、ほらほら、来てごらん。かわいいヤモリがいるわよ！」と、はしゃいでしまいました。ちょうどそこへ、彼を迎えに来たお母様がいらして、「あら、ヤモリですか？私、手で捕まえられますよ!」この会話が聞こえたのか、すぐに彼（彼女？）は、靴箱の陰に隠れてしまいましたが…。

半分オープンエアになっているバリのホテルのスパで、マッサージを受けた時、茅葺きの屋根から「キキ!」という小さな鳴き声が聞こえてきました。聞いたことのない声だったのでなんだろうと見てみると、ヤモリでした。私の視線の方向にその存在を認識したバリニーズのエステシャンが「ああ、あれね。ここの言葉で、カクっていうのよ」と、教えてくれました。「へえ…鳴くんですね。初めて聞きました」「…キキ!」そのあまりの間のよさに、エステシャンの彼女と顔を見合わせて微笑みあったのを覚えています。その後も、施術中に「日本の仲間は鳴かないの？じゃ、じっくり聞いて帰ってね」というつもりだったのか、何度か鳴き声を聞かせてくれました。

ものの本によると、日本に生息しているヤモリはほとんどがニホンヤモリGekko japonicusで、体長10～14cmはほど。日本では家に住み着いて害虫などを食ってくれるので「家守」「守宮」などとも書かれ、昔から家にヤモリがいるとその家に悪いことが起きない、と信じられているようです。なんでも東南アジアでは、子供が産まれたときにヤモリが鳴くと、その子は幸せになるという言い伝えもあるとか。一見トカゲのような、「大きかったらさぞや恐ろしいだろう…」とも思われる肉食の生き物なのに、人間に珍重されて（？）きているなんて、不思議な感じです。

色々なものに“神”が宿っている、という、八百万の神の思想…。古代の日本人は、山、川、巨石、巨木、動物、植物などといった自然物、火、雨、風、雷などといった自然現象の中に、神々しい「何か」を感じとりました。アイルランド人の小泉八雲（ラフカディオ・ハーン）はそれを「神道の感覚」と呼んでいます。自然は人々に恩恵をもたらすとともに、時には人に危害を及ぼしますが、古代人はこれを神々しい「何か」の怒り（または祟り）と考え、怒りを鎮め、恵みを与えてくれるよう願い、それを崇敬するようになって、後に「カミ（神）」と呼ばれるようになったといいます。

日本は基本的に無宗教の国だ、とか、キリスト教でもないのにやれクリスマスだと大騒ぎして節操がない、とか言われがちです。でも、「神さま仏さま」、ではありませんが、実は最も深く、しかも日常的なところで当たり前のように神さまの存在を感じている民族なのかもしれません。

「一粒の米に、神さまが7人（3人という説も…）宿っている」と言われ、食べ物を前に「いただきます」と手を合わせる私たち。「いただきます」の時にいう言葉は、それぞれの国にありますが、「ごちそうさまでした」の時にいう言葉を持つ国は少ないのではないでしょうか。日本人は食べることや食べ物に対して、本来とても敬虔な姿勢をもっているのでは、という気がしてきます。

宗教ではなく、自分たちを守ってくれる“神さま”の存在を信じて、お互いをいたわり合い、認め合っていければ、世の中の争いはかなり減ってくれるのでは…と思うこの頃です。</description>
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         <pubDate>Thu, 13 Nov 2008 12:09:11 +0900</pubDate>
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         <title>第402回　ハッピーなバースディ</title>
         <description>「お姉ちゃん、お誕生日のプレゼント、何がいい？」

いつ頃からか、妹は10月の半ばになると必ずこう聞いてくれます。物心ついた頃からだとしても、実に30年以上…！お互いに（なんて言ったら起られちゃうかしら）いい歳になってきたし、そろそろ気を遣わないように…と、姉の私から言い出すべきなのかな、という気もするのですが、「プレゼント」という心浮き立つ言葉のもつ魔力の前に、そんな意志はいつも、もろくも消え去ってしまうのです。

妹に比べると、9歳離れた弟は、男兄妹…じゃない姉弟なだけあって、淡々としたものです。それでも、今年は一寸面白い展開がありました。誕生日に日付が変わった直後（メールを見直したら、00時03分でした）、携帯にメールが入ったのです。滅多なことではメールや電話などよこさない弟のこと…。何だろうと思ったら、タイトルは「おめでと」。本文は「（一行空け）嬉しくないとは思うが…（一行空け）風邪引いてるから俺は寝る」

深夜のメールに気遣って、返事は要らないから、という代わりの「俺は寝る」という言いまわしがいかにも彼らしく、しかもこれ以上短く出来ないぞという簡潔な（素っ気ない？）ボリュームの中で、言いたいことを言い尽くしているあたりが可笑しくて、思わずプッと吹きだしてしまいました。何よりも印象的だったのが、一行空け、のところです。この“間”というか“空白”に、彼がいつもしゃべっているテンポや、すっとぼけた感じがよく出ていて、吹きだしながらも感心してしまったのでした。

弟のメールはさておき、“間”の妙、というのは日本人が特に強く持っているセンスなのかもしれません。掛け軸にしても、柿右衛門の絵付けにしても、空白の取りかたが絶妙です。美しいもので埋め尽くそうとするのではなく、あえて“抜き”を計算しながら、侘び寂びを表現する…。茶花もそうです。たった一輪の花の風情で、えもいえぬ緊張感や寛ぎ感、季節感やもてなす主人の心のうちなどを伝えてしまうのですから、すごいものです。ゴージャスなもので人の心を満たすよりも、ずっと高度な美学だと思うのです。

9月にレコーディングした時、ちょっとだけ意識したのは、「日本人である私の弾くフランスの作品」というテーマでした。フランス人のように弾くのではなく、日本人としてのアイデンティティをもつ、そして21世紀（彼らが生きていた時代ではなく）に生きる私の弾くフォーレ、ドビュッシー、ラヴェル…。彼らの偉大な作品に、あまり気負わず等身大で素直に向き合おう、と思いました。

実は留学時代、こんなことがあったのです。ハンガリーでラヴェルの『道化師朝の歌』という作品のレッスンを受けた時のこと。「ここは、うんとスペインの踊りのリズムを、アクセントで強調してみよう。ラヴェルはフランス人だったけど、スペインの血が入っていたからか、彼の作品の中のスペイン的な要素ってとてもチャーミングだよね」と、先生がおっしゃったのに対して「そうですよね。なんとなく分かります。でも、なかなかそれがつかめないんです。フランスもスペインも行ったことないし…」と、言った私に、先生は怪訝そうな顔をして「おや、僕だってフランス人じゃないし、フランス語だって『ア～…』『ウ～…』って感じだし（笑）、フランスの音楽は僕にとっても異国の音楽。君と変わらないよ」とおっしゃったのです。

その時、「そうか、ヨーロッパ、とひとくくりにすること自体が的外れなのだわ」と、ハッと我にかえったのでした。

それ以来、それぞれの音楽の言語や文化、歴史的背景はできる限り（正確には、“出来る範囲で”）学ぶことにはしていますが、根っこまで深く掘り下げることも、ましてや日本人であることに背を向けてフランス人になることも出来ないのに、知ったかぶりをしようとすることはないのだ、と、前向きな意味であきらめられるようになりました。そういえば、海外で活躍しているアーティストは皆、自分のアイデンティティを否定しないで堂々と自身の表現を主張できている方たちばかりです。音楽家も、建築家も、デザイナーも…。

ですから、「～前略～彼女の演奏は、良い意味でとても淡々としたものです。得意な演目の弾きっぷりを誇るでもなく、難曲に声高に挑むでもなく、名曲の独自の解釈をのたまうでもなく、作品と静かに向き合い、そこから感じ取るなにごとかを、その時々の等身大の表現としてピアノの音に託していく。すると、ある時期、作品の方からピアニストに吸い寄せられてくることがある。つまり、弾き手と、今その人に弾かれたい曲達が呼応しあう。美奈子さんのアルバムのアイディアは、そんな風に生まれてくるに違いなく、発想の時点ですでにひとつの表現として成り立とうとしている。そこが面白い。～後略～」

前回に続いて今回もディレクターを引き受けてくださった作曲家の町田さんが、ＣＤのライナーノートにこんなふうに書いてくださったのを見て、なんだかじんわりと嬉しくなり、同時に、ホッとしたのでした。

ＣＤがリリースされる日はまだ決まっていないのですが、来月上旬頃にリリースになる予定です。ホッとしたのもつかの間…皆さんがどんな風に受け取ってくださるか、考えてはドキドキしているこの頃です。どうか、ＣＤのお誕生日もハッピーなバースデイになりますように…。</description>
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         <pubDate>Fri, 07 Nov 2008 20:00:11 +0900</pubDate>
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         <title>第401回　チョコレートホリック</title>
         <description>タイトルを日本語にすると…“チョコレート中毒”です。何かの間違いで、どうしても一種類のお菓子しか食べられなくなるとしたら、私は間違いなくチョコレートを選ぶと思います。

先日は生徒さんから頂いた栗で、栗きんとんを作りしました。栗を鬼皮ごと蒸しあげ、中味をくり出してすり鉢でつぶし、ひとつひとつ形を整えていきます。和栗100パーセントで作りたかったので、つなぎに水分は一切加えず、お砂糖の代わりにハチミツを使いました（お友達に食べてもらったところ「これは贅沢!栗、栗そのもの…」と、とっても好評でした）。その他、蒸したさつまいもをバターでマッシュして、メープルシロップや洋酒、シナモンパウダーを加えて丸く成形し、カカオパウダーをまぶしつけて、まるでトリュフショコラのように仕上げて楽しんだり…。お菓子がなくても、野菜でも充分、おやつを楽しむことができます。

以前は目がなかったチーズケーキですが、この頃はチーズケーキよりも良質なチーズそのものにハチミツやポルト酒をかけていただく方が好きになってきました。そういえば、チーズケーキというものは、あまりヨーロッパでは見なかったような気がします（マスカルポーネ、フロマージュブランなどの軽いチーズを使ったドルチェや、クリームチーズやカッテージチーズを使った甘いデニッシュはありましたが、いわゆるニューヨークスタイルのどっしりしたベークドチーズケーキ、というものはハンガリーにもオーストリアにも、フランスにもなかったように記憶しています）。

でも、チョコレートは…！特に、純度とカカオの含有量の高いショコラを使ったお菓子にとって代わるものは、思いつきません。ここで“とって代わる”というのは、まずコーヒータイムはもちろん、ワインやカルバドスなど、お酒にも合うかどうかも、大きなポイントになります。シュークリームもミルフィーユも大好きですが、ワインにもコーヒーにもばちんと合うお菓子は、意外に希少なのです。

最近読んだ本に、こんな記述がありました。「極端な量を摂取しなければ、チョコレートには脂肪が体内に吸収されるのを防ぐ作用がある」。さらに「カカオに含まれるカカオマス・ポリフェノールには、悪玉コレステロールの参加を抑制して動脈硬化を予防する働きがある」とも。良質のカカオを多く含む純粋なチョコレートには、総コレステロールや、動脈硬化を引き起こしやすい悪玉ＬＤＬコレステロールを減少させ、善玉ＨＤＬコレステロールを増加する効果がある、ところが、そこに別の植物性油脂（ココナッツオイル、ヤシオイル）が入ってくると話は違ってしまい、逆に総コレステロールや悪玉コレステロールの数値を上げてしまう、というのです（小椋三嘉著：『チョコレートものがたり』より）。

純度の高いチョコレートに含まれているカカオマス・ポリフェノールには、ワインやお茶に含まれるものと比べて、より強い抗酸化作用があって、それが動脈硬化のみならず抗ガン免疫効果すらあるそうなのです。しかも、チョコレートに含まれるフェニレティラミンや、苦味質のテオブロミンといった成分には天然の抗鬱作用があるというのです。当然カカオの含有量の多いものほどその効果は高く、ある医学博士によるとこれらの分子は抗鬱のために使われている処方薬の分子と、化学的にたいへん近いのだとか。芸術家や学者がカカオをたくさん含んだチョコレートを好むのは、自己防衛反応だ、というわけです。

そういえば、世界有数のカカオの産地メキシコには、何種類ものチレ（唐辛子）とスパイス、ナッツやゴマに果物や野菜、そしてチョコレートを材料にしたモレ・ネグロという真っ黒なソースを使う伝統料理があります。香ばしくて辛くて甘い、都内でもなかなか食べられるところがないので自作したこともある、鶏肉と絶妙にマッチする大好きなソースです。メキシコ人はおおらかで、実際に自殺率も低いことを考えると、やはりチョコレートには確実に効用がありそうです。（明川哲也著：『メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか』）。

そうそう、最初にチョコレートを食べた日本人は、仙台藩主伊達政宗の家臣、支倉常長ではないかと言われています。彼は政宗の命を受けて、1614年、メキシコとの貿易許可をスペイン国王に得るための交渉のためにメキシコを経由してスペインに渡っていますが、その際にメキシコで、あるいはスペインで、当時流行し始めたチョコレートを振る舞われたのでは…と考えられているそうなのです。

美容と健康を維持するために、ショコラ・ショー（通常のココアに、チョコレートを溶かし込んだもの）を毎日飲みましょう、と提唱するフランス人博士もいらっしゃるとか。

いよいよ、食欲の秋本番…健康を守るためにも（？）、私のチョコレート熱は、ますますヒートアップしそうです。</description>
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         <pubDate>Wed, 29 Oct 2008 22:05:57 +0900</pubDate>
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         <title>第400回　フロイトにはなれないけれど</title>
         <description>週に一度、更新してきたこのエッセイも、いつのまにか今回で400回になるのですね。400回ということは、年に何度かは何らかの理由で更新できなかったことを差し引いても、約8年にわたって、書き続けたことになります。まぁ、よく飽きもせず、といいますか、図々しくも、といいますか…。

継続は力なり、という諺がありますが、果たしてこれが、なんらかの力になっているのでしょうか？自分としてはまったくそんな実感はありません。よく、「ながく続けるのって、大変なことですよ」と、労ってくださる方がいるのですが、ピアノにしてもエッセイにしても、えらいのは私ではないのは明らかです。だって、誰に頼まれるでもなく自分が「やりたい」と思ったから、周囲に迷惑をかけつつ、無理やり遂行してきただけなのですから。むしろ、続けさせてもらって、申し訳ないような気持ちになることが多くなっているようにも思います。

例えば、ピアノの場合。お稽古には楽器が必要ですし、私の育った家庭のように転勤族だったりすると引越しのたびに運送費(大きな楽器なので特別料金になる）がかかります。また、ピアノを置くスペースも確保しなければならないし、スペース以上に防音対策が問題になったりします。社宅だったり借家だったりすれば勝手な防音工事もままなりませんし、かといって練習しないわけにもいかず…。母が近所の方に気を遣って、何かにつけておもたせを持参してはご機嫌をうかがっていたことを知ったのは、随分後になってからのことでした。

大人になるにつれ、自分がわがままをわがままと認識しないまま、それを当たり前と思ってやり通してきてしまったことに気づいて、申し訳なく思うことが増えてきました。同時に、両親に対する感謝の気持ちも、大きくなってきました。

このエッセイの方は、細々とでも誰に迷惑をかけるでもなく続けていけたらいいな、と思って、当初は自作のとても簡易なホームページ上で更新していたのですが、ある時、とある奇特な方が私のオフィシャルサイトの構築を申し出てくださいました。自分のドメインを取ることなんて考えもしませんでしたし、もともとこの世界のことには疎くて右も左も分からない私は、もうすっかりその方に甘えてしまっている状態です。サイトの管理や不具合について、どう対処したらいいのかちっとも分からない私がこんなにながい間、エッセイを続けていられるのも、その方のおかげです。

このように、何かしようとするとどうも周囲の方にご迷惑をかけてしまうのは、哀しい性分（運命？）なのでしょうか。そう考えるとなにやら、申し訳ないような気持ちでいっぱいになって、ちょっとため息をついてしまったりします。そのため息があまり似合わなくて、自分でも笑ってしまうのですけれど。

“鬱(うつ)”、“心の病気”といった言葉が市民権を得はじめたのとほぼ同じような時期に、“和み”、“癒し”、“スピリチュアル”…といった言葉が巷に流行りだしたような気がします。人の心は、いつからそんなに脆くなってしまったのでしょうか？いいえ、人の心はいつだって繊細で、それでいてそもそもは強く、すこやかであり続けるパワーを孕んでいるものだと思うのです。変わってしまったこのがあるとしたらそれは、心そのものではなく、その心のちょっとしたキズをいたわりあう人間関係なのではないでしょうか。

それが大きなダメージになる前に、「大丈夫、大丈夫！」と心から微笑んでくれる誰かや、自分を無条件で信じてくれる存在があったなら、きっと心の“キズ”は、“病”になる前に消えてなくなってしまうことでしょう。では、人間関係はいつから変わってきてしまったのか…。これの原因は一つではないし、複雑な要因が絡み合っているのは明らかです。

マーラーやラフマニノフも心の病気に悩まされましたが、彼らはそれぞれフロイト、ダーリといった精神科医たちに出会ってよい処置（影響）を受け、再び創作意欲を取り戻し傑作を書き残しました。人を育てるのも壊すのも、人なのだ…と考えると、こんなふうにマイペースで生きることを支えてくれている周囲の人たちに、改めて感謝したい気持ちです。

来週の誕生日で私も日本人女性の平均寿命の半分を全うし、いよいよ人生を折り返そうとしています。これからは何かもっと、人の役に立つことを生きる核にすえていきたい、とは思うのですが、こんな自分に何ができるのかと知恵を絞ってみても、情けないことになかなか「これ」というものが浮かびません。

今、次のアルバムジャケットのデザインを詰めているところです。「誰に聴いてもらいたいのか」「どんなふうに楽しんでもらいたいのか」…デザインと向き合っていると、そんな問いかけで頭がいっぱいになります。

心がちょっと弱っている時に、「あ、これでも聴いてみよう」と、手にとりたくなるような…あるいは、リラックスしたいひと時に「あ、お茶でもいれてこれを聴こう」と、思ってくださるような、そんなアルバムに仕上がったら本望なのですが。フロイトにはとてもなれませんが、妖精が私のアルバムに、心の小さなキズに温泉のように穏やかに効く成分を注入してくれたらなぁ。</description>
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         <pubDate>Fri, 24 Oct 2008 12:34:49 +0900</pubDate>
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         <title>第399回　衝撃の初体験！</title>
         <description>先日は都内のとあるスタジオで、今度のＣＤの編集やらマスタリングやら、もろもろの打ち合わせなどがありました。エンジニアのＩさんとともに作業につい白熱して、また、デザイナーのＭさんとのジャケットデザインの打ち合わせも同時で進めたりしたこともあって思ったよりも時間が早く過ぎてしまい、ふと気づくとすでに最終の電車に間に合わない時間になっていました。最終に乗れずに都内で町で一夜を明かすなんて、何年ぶりでしょう。ひょっとしたら、一人で…、というのは初めてのことかもしれません。

前作に続いて今回もジャケットを担当してくださっているデザイナーのＭさんが、心配していろいろ考えてくださいました。「どうしたらいいかしら。あ、美奈子さんにはまったくそぐわない感じでなのですけど、マンガ喫茶って、ご存知ですか？何かと問題になっていますよね…。私も最近までまったく知らなかったんですけど、この間初めて使ってみたら結構快適で、びっくりしたんですよ。きちんと管理されていて安全だし、マンガなんて読まなくても雑誌もパソコンも自由に見られますし、個室になっているから仮眠をとってもいいし…とにかく一人で、人に気兼ねなく好きなことできるんです。渋谷ならオススメのところをご案内できますけど、そこに行ってみます？」実は彼女は、エンジニアのＩさんの奥さま。彼らは一緒に、葉山の自宅に帰ることになっていたのですが、遠回りして渋谷のセンター街の入り口に私を落としてくれました。真紅のアルファロメオの、ほれぼれするようなエンジン音とともに去っていく彼らを見送って時計を見ると、午前3時半でした。

教わった場所までは、そこから歩いてものの2分ほどでした。ビルのエレベータをおりると…。ホテルのフロントカウンターのようなものがシックにしつらえてあり、きちんと制服を着た男性が節度ある態度で迎えてくれました。「いらっしゃいませ。禁煙、喫煙はどちらをご希望されますか？お部屋のタイプはいかがなさいますか？」案内されたところは、靴を脱いでゆったりくつろげる二～三畳ほどのスペースでした。机の上にはパソコン、液晶の他、電気スタンドや鏡、コットンなども自由に使えるように用意されいます。ロビー（？）には、エスプレッソやカプチーノ、紅茶各種にミルクや炭酸系ソフトドリンク、フルーツジュースやイチゴミルクなどなど、ホテルの朝食バイキング顔負けのフリードリンクコーナー、それにアイスクリームの食べ放題サービスまで！

本棚にはマンガのみならず、数え切れないほどの雑誌がスタイリッシュに整然と陳列され、フロントでは使い捨ての歯ブラシまでいただけました。希望すれば携帯電話の充電もできるそうです。店舗によってはシャワールームまで完備されているのだとか。この内容で一時間の利用料が420円、一晩でも（朝8時まで）1200円とは…。

これはあっという間に時間が過ぎてしまいそうです。コーヒーばかり飲んで少し胃が痛くなっていたし、とても喉が渇いていたので、野菜ジュースやドリンクヨーグルト、ミルクココア、ハーブティーやらを、立て続けにあれこれ飲ませてもらったうえに、ちゃっかりソフトクリームまで頂いて（コーンとカップが選べたので、楽しそうだからコーンに自分でマシンから注いで作ってみました。うず高く大盛りにできて、大満足！しかも、なかなか美味なのでした）、栄養補給も疲労回復も、両方ばっちりさせてもらいました。

驚いたのはサービスだけではありません。利用者…とくに女性が多かったのは意外でした。こんな時間に？と思ったのですが、とんでもない。ドリンクカウンター付近は常に人が行きかって、まさにファミリーレストランのようです。若い人が多いけれど寝ている人に配慮して、皆ひっそりと静かに行動したのも印象的でした。

世の中、こんなことになっていたなんて…。ちょっとした浦島太郎状態でした。マンガ喫茶、ネットカフェ、サイバーカフェ…呼び名は色々あるようですが、若者がこんなところを使いこなしてしまったら、安心して(?)終電も乗り過ごしてしまえるし、なかなか家に帰らなくなってしまうかもしれません。初めてのマンガ喫茶滞在…かくして、たくさん楽しませてもらったのではありますが、何やら複雑な気持ちになってしまいました。

でも、一番驚いたのは始発電車に乗る人の多さです。週末でもないのに、座席の半分近くが埋まっているのです。そして乗り換えの日本橋駅に着くと、今度は降りた人がいっせいに走り出すではありませんか！どうやら皆、乗り継ぎ時間にまで精通しているようなのです。すごい。しかも、前日から外で過ごして、こんな早朝から猛ダッシュなんて…。

ちょっと面白そうなので、私もつられて走ってみました（ソフトクリームやミルクココアでエネルギーは補給済みだったので、充分その元気がありました）。すると、ちゃんとぎりぎりで東西線に乗り換えることができたのです。そしてその東西線がまた、かなりの混み具合なのでした。う～む、都会人、おそるべし。

久しぶりの完徹…。翌日は少し頭がぼんやりしたものの、アメリカから帰った時差ぼけほどの辛さはなく、無事に仕事をこなしてその夜はぐっすり安むことができました。でも、顔を見てみるとお肌は確実にダメージを受けている気が…。それでなくても、空気が乾燥してきているこの季節、やはり無理は美容によくありませんよね。…と、いうわけで、本日は早めにお酒を飲み始め、夕食をとって、たっぷり睡眠をとろうと思います。皆さま、お休みなさい！</description>
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         <pubDate>Wed, 15 Oct 2008 20:49:35 +0900</pubDate>
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         <title>第398回　水と油</title>
         <description>朝、とある奥さま向けテレビ番組を見ていたら、美味しいコロッケを作る極意、という特集を放送していました。つなぎに小麦粉を入れてほくほくさせたり、油の中でパンクさせないよう、揚げ始めはしばらくさわらない、などのポイントに混じって、面白いな、と思うフレーズがでてきました。“水分と油の交換”という言葉です。

衣をサクサクに仕上げるためのコツのなかに出てきた、“乾燥パン粉を使う場合には、少ししめらせる”というコツです。揚げる、というのは水分と油の交換現象なので、生パン粉くらいの適度な水分をもたせることで、その交換が油の中でスムーズに行なわれ、サックリとした仕上がりになる、というのです。

水と油、とは、もちろん一般的には“異質であるためにしっくりといかないこと”とか“お互い打ち解けないこと”のような意味で使われる言葉ですが、場合によっては、異質なものであるがゆえに素敵なコトにつながることもあるのだ、と思うと、なんだか楽しくなりませんか？異質、という言葉だけに限定されないことかもしれませんが、異なる個性、民族や相対する主張、思想が混ざり合ったり、交じり合ったりするところに、文化や芸術が栄えているのは明白なことです。え？美味しいコロッケから、話がふくらみ過ぎてしまっています？

水も油も地球からの、そして宇宙からの（？）大切な授かりものです。その両方を知恵をもって受け入れ、活用して、人間は生活していることを思うと、“水と油”ということわざの意味も、如何なものだろうか…なんて屁理屈をこねたくなってしまいます。従来のではなく、例えば“異質なもの同志が、よい折り合いを見出し、お互いを高めていくこと”なんて意味に使われてもよさそうではないかしら。活用例：「あの二人は、まさに“水と油”よね」「本当に。前世でもつながっていたりして！羨ましいわぁ」…と、書きながら、やはりちょっと違和感かな、という気もしているのではありますが。

いつも心がけていることが、いくつかあります。ひとつ。人と会うときにはまず笑顔になること。ふたつ。「元気ないんじゃない？」「顔色、悪いけど大丈夫？」など、相手の人に自分を心配させてしまうようなことは極力言わないこと。三つ。自分と異なる見解、意見に遭遇した時に、きちんと最後まで内容を聞かずに「それは違う」という立場でものを言わないこと、です。

年齢とともに顔の筋肉が弱って表情がたるんできたせいか、はたまた重力に負けて目じりが下がってきたせいか（どっちにしても、哀しいことに違いはないが）、以前に比べて優しく見ていただけるようになってきたようです（う～む、喜んでいいのか悲しむべきか…俗に言うところの“プラマイゼロ（プラスとマイナスのポイントが同じ）”っていうところですね）。とにかく、「美奈子先生は声を荒げて怒ることなんて、ないでしょう？」「（私が怒ることを）想像できないわ」なんておっしゃって下さるご父兄もいらして、一つ目はかなりクリアできてきているようです。

二つめも、けっこう気をつけています。子供に対しては別ですが（熱っぽい顔やとろんとした目をしていると、本当に心配になってしまうので…）、会った人が、仮に多少元気がなかったり落ち込んでいる様子があったとしても、一緒に話している間にそれを忘れて、いつの間にか元気になってくれるほうが嬉しいので、わざわざその反対に方向付けるようなことは、もともとできる限り言いたくないのです。

問題は三つめ。これがなかなかできません。自分と異なる意見に対して、頭から否定したいわけではないのですが、いかんせん、元来のおしゃべり好きなので、相手の話をわってつい、つっ込みを入れたくなってしまうのです。聞き上手になることは私の一生の課題なのでしょう。

自分が話すことも、人の話を聞くことも、両方が上手だな…と感心する友人がいます。高校生の時の同級生なのですが、小学校の先生、という天職を様々な悩みを抱きつつも真摯に全うしている姿には、いつも励まされます。こういう先生には生徒は心を開いて、自分のことを語りたくなることでしょう。そして、大人とそんな関わりを経験した子供は、将来決して壊れたりしないことでしょう。何かというと自分の方がぐらぐら揺れては、周囲を巻きこんで大騒ぎしてしまう私とは大違い…。

でも、彼女とは“水と油（もちろん、美奈子流解釈の方の）”なのだと信じて、ずっとついていきたい私です。あれ、待てよ。性格はそうでも、美味しいものが大好きで独身、というところは共通なのだったわ。こういう場合は何と例えるのが適切なのかしら。あ、『絶品コロッケ』というのはどうだろう。その心は…“もともと、じゃがいも、ひき肉などといった異素材の組み合わせながら、一つのメソッドにより、水と油の交換現象に代表される絶妙な融合をもってお互いを高めあうさま。または、コロッケ、というある一つのものの中に、サクサクとホクホク、など、食感の違うものが共存し、とどのつまり『美味しい』という幸福感に達すること。文例：『彼らの友情は絶品コロッケの域に達しているね』。準類義語：『おしどり夫婦』”。

う～む、やはり意味不明ですね。失礼致しました。</description>
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         <pubDate>Fri, 10 Oct 2008 20:23:55 +0900</pubDate>
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         <title>第397回　シャネルのルージュ</title>
         <description>10月になりました。衣替えのこの時期になると、必ず思うことがあります。「ああ、まもなくまた一つ、歳をとるのだわ…」。

それでも、誕生日がなんとなしに楽しみになってしまうのは、子供の頃の思い出のためではないでしょうか。今の子供たちにとってはさほど珍しいことではないかもしれませんが、私の小さい頃は、自分の誕生日はお友達を呼んで、一緒にご飯やケーキを食べられる、ハレの日でした。母も、ちょっと華やかにみえるお料理をいろいろと工夫してくれて、オードブルののったお皿に目が釘づけになったり、ケーキが運ばれると「わぁ！」と歓声が上がったり…。「美奈子ちゃんのお母さん、お料理上手だね」と褒められると、自分が言われたかのように嬉しく、誇らしい気持ちになったものでした。

そんな母に、初めて自分が作ったお金でプレゼントを買ったのは、忘れもしない大学一年生の時のことでした。アルバイトして母の日にシャネルのルージュをプレゼントしたのです。

基本的にはあまりお化粧っけのない（少ない）母ですが、口紅だけはきちんとひいていました。外資系の会社の口紅には、はっきりとした主張のある色のラインナップや、いかにもヨーロッパの雰囲気を感じさせるような香りがあって、秘かに憧れを抱いていました。

特にシャネル！…その、シンプルな黒と白のカウンターに行くこと自体がちょっとした緊張感で、どきどきしたのを覚えています。おずおずと希望の色を申し出て、店員さんにプレゼントのことを相談するとてきぱきと感じよく応対してくれて、「お母様、喜んでくださるといいですね！」と微笑みながら、シャネルのリボンを優雅にあしらった小さな口紅の箱を手渡してくれたのですが、私にはそれが、まるで宝石箱のように見えたのでした。

おこづかいがない小学生の頃のプレゼントの定番は、「お買い物券」「お手伝い券」といったチケットの類でした（ちなみに母は肩こりがない、という珍しい体質なので、「肩もみ券」はありませんでした）。母は「ありがとう」といって笑顔で受け取ってくれるのですが、そのチケットを使ってくれるのはたいてい始めの一回だけでした。10枚綴りになっていたあとの9枚はいつ使うつもりなんだろう…と、疑問に思っていたのを覚えています。

今思うと、チケットがあろうとなかろうとお手伝いはするのが当然なのに、我ながらなんて恩着せがましい思いつきなのでしょう。それでも、子供心に「少しでも喜んでもらいたい」という気持ちがあっての工夫だったことは伺えて、苦笑してしまうのですが。

以前は、音楽の勉強は自分が優れていると評価されているから、とか、周囲がそれを望んでいるから、ではなく、自分が「やりたい！」という気持ちがあって続けていくのが自然だ、というようなことを書いた気がしますが、最近それも違うのかな、と思い始めています。

人は誰でも（おこづかいがもらえないような子供でも）、本来、心のどこかで“何かの形で人の役に立ちたい”、と願っている生き物なのではないでしょうか。人に喜んでもらうために（＝社会のために）、自分は何ができるのだろう、という願いは、もっとも自然な、健全なものだと思うのです。

学生時代、「だって、私よりも上手な人なんていくらでもいるんだもの、私がピアノを弾かなくたって誰も困らない…」と、悩んでいた友人に対して、「そんなふうに考えないで、自分がやりたい…っていう思いがあるなら、人に何て思われようと続けていったらいいんじゃない？」と答えていました。「人の評価なんて気にしないで、ピアノが好きならそれと向き合っていこうよ」と。でも、今思うと、ある意味では彼女は正しかったのかもしれません。だって、裏を返せば彼女は「私がピアノを弾くことが、誰かのためになるかもしれない。誰かを救えるかもしれない」と願って励んできたのだと思うのです。

それなのに…。私はなんて自分本位な勝手なことを言ってしまったのでしょう。今頃になって気づいても遅いのは分かっていますが、発言を訂正したい気持ちです。「そうね、○○ちゃんのそうやって真面目に考えて悩んでしまうところ、私大好きよ」。にっこり笑って、ただそう言えたらよかったのに…。

とにかく、なんだかんだと月日は流れ、また一つ歳を重ねる日が近づいています。母にシャネルの口紅をプレゼントした時から、約四半世紀もの歳月が流れているというのに、心の熟成がなかなか感じられません。人のために何かをきちんと成し遂げることができるようになるのは、いつになることやら。人生、一生修行です。</description>
         <link>http://www.suzuki-minako.com/essay/2008/10/397.html</link>
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         <pubDate>Thu, 02 Oct 2008 06:27:18 +0900</pubDate>
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         <title>第396回　元気です</title>
         <description>今日9月25日は、名ピアニスト、グレン・グールドの誕生日です。1932年生まれですから、生きていれば76歳、ということになります。

バッハの『ゴールドベルク変奏曲』の名演（怪演？）でセンセーショナルなデビューを果たすも、20代半ばであっさりステージから退き、あとはもっぱらスタジオでの録音活動に専念した、エキセントリックな伝説的ピアニスト…というのが一般的に知られているグールド像なのではないでしょうか。実際、彼に関する書物は他のどんなクラシック界の演奏家のそれよりも多く、今なお“グールド崇拝者”的な存在があるようです。

実は録音だけでなく、ユニークなドキュメント番組を企画・制作して自身も出演したり、またエッセイを出版したり…と、精力的にマルチな活動をしていた人でもあったとのことです。反面、50歳で亡くなる前の数年間は、ほとんど食事もとらないでお酒を飲んではピアノを弾いているような状態だったそうで、久しぶりに彼に会った友人たちは、もともと栄養失調気味だったのに、顔色はいっそう悪くなり、老人のように背中が曲がってすっかり白髪になったそのやつれ方に驚きを禁じえなかったといいます。

そういえばこの頃、しばらくぶりに会った知人から「元気？大丈夫？」と聞かれることが重なっている気がします。原因は私の体が以前よりも小さく（細く…）なっている、ということのようです。先日、ひょんなことから8年前に受けた健康診断書が出てきたのですが、それをみると確かに、今よりも10キロ多い体重が書き込まれていました。「学生時代だって美奈ちゃん、健康的でちょうどいい感じだったし、それでも細いな～、と思っていたくらいだったのに…もうちょっと太れないの？」と、お叱り（？）を受ける場面も…。むむ、これはいけない。

世の中では、多くの人が痩せることやダイエットを成功させたい！と、切に願っているようで、書店に行っても必ずそのようなコーナーが設けられているのを目にしますが、私から見るとちっとも太っていないし、今のままでとても魅力的なのに「痩せたい」と願っている女性が多いように思います。

一方では、成人病を気にして食事や生活習慣を制限しする傾向があることも、指摘されています。“メタボリックシンドローム”“コレステロール”などについての誤った認識をうったえる本も話題を呼んでいます。何でも”過ぎたるは及ばざるが如し”ということなのでしょうか。

それを考えると、現在の私の体重は“及ばざる”もいいところ。何しろＢＭＩ値が少なすぎて、ヨーロッパではモデルになる基準にすら達していないほどなのです。周囲の人から「細すぎる」と言われる私に“うらやましい”と言ってくれる心優しい人もいるかもしれませんが、本人はもちろん、まったくそうは思っていません。第一、それが本当にキレイで美しいプロポーションなのだとしたら、少なくとも周囲の人から「大丈夫？」と心配されることはないと思うのです。

そもそも、キレイな人ってどんな人をいうのでしょう？あのモデルさんのような感じ？あるいはあの女優さん？

人によって理想はそれぞれだと思いますが、私にとってのそれは“気持ちのよい幸福感とパワーが漂っている人”。なんだかいいな、近くにいたいな、と感じたり、思わず見守って（関わって）いたくなるような魅力を持っている人です。「きっとこの人の傍にいたら、みんな幸せな気持ちになるに違いない」という雰囲気を持っている人、といいましょうか…。う～ん、でもこうして書けば書くほどに、なんだか自分には足りない部分だわ、と、つくづく反省してしまいます。

明日26日は、大好きなフランスのピアニスト、アルフレッド・コルトーの誕生日（1877年生まれ。ちなみに、亡くなったのは1962年で、命日6月15日は妹の誕生日です）。コルトーのような偉大な魅力あふれるピアニストには程遠いけど、せめて「いつも元気そうね」と言ってもらえるようになりたいものです。

中身はともかく、外側だけでも豊かになれるように、この秋は美味しいものを楽しくいただきたいと思います！（あ、それと、もちろん美味しいお酒も…）</description>
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         <pubDate>Wed, 24 Sep 2008 21:30:37 +0900</pubDate>
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         <title>第395回　音楽塾を終えて</title>
         <description>4月から月二回のペースで行なってきた『大人のための音楽塾』は、先日無事に全12回を終えることができました。

第一回目の『Ｊ．Ｓ．バッハの世界』に始まって、『天才モーツァルトとその周辺』『ベートーヴェンの作品と人間像』といった古典的な部分から、『世紀末のウィーンとマーラー』『ラヴェル～その精緻な官能～』『ロシアからソビエト連邦へ』『マジャール民族のアイデンティティ』のような近・現代の音楽、そして『作曲家の自作自演』を聴くという企画まで、毎回我ながら頑張って趣向を凝らし、ずいぶん欲張った（？）講義になりました。

もともと弾くこととピアノの実技を教えることが本業なので、こういった講座をシリーズで行なう、というのは初めての経験です。正味一時間半ほどの講義とはいえ、準備は毎回数時間～数日（？）に及び、睡眠不足にもなりましたが、それ以上に充実した時間を過ごすことが出来たように思います。

作品をただ弾くのでもただ聴くのでもなく、作曲家の生きた国や社会的な時代背景、またその人物像や交友関係などとの絡みも交えてお話をすすめたり、一つの作品を違った演奏で聞き比べてみたり…。「こんな講座だったら、自分が受けてみたい！」と思うようなものを…、というテーマと目標をもって組み立てていきました。

そして先日の最終回は、『終了発表会』と題して、7人の受講生の皆さん一人ひとりに今までの講義の中でもっとも印象に残った作品について語っていただいたり、皆さんのお気に入りの音源（演奏）をお持ちいただいて、プロモーション付きで発表していただきました。

ご自身が初めて買ったクラシックのＣＤをご紹介くださった方、「私にとって、故郷の風景が思い浮かぶ作品です」とおっしゃる作品を聞かせてくださった方、初めて足を運んだオペラを選んでくださった方…。皆さんのお話や、皆さんにとっての大切な作品を聴きながら、やはり音楽って…そして、人間って素敵だな、という思いで胸がいっぱいになりました。

コンサートやレッスンだけでなく、もっと違ったアングルから音楽を“学ぶ”楽しみをお伝えできないだろうか。クラシックの良さ、面白さを、もっと実感していただけるような音楽についての教養講座、音楽塾のようなものを、定期的に開いてみたい。それも、できれば、少人数で和気藹々、そしてゆったりと、大人の豊かな時間が過ごせるような空間で、講義のあとにはお茶を頂きながら、その日の講義や音楽の話に自然に花が咲くような雰囲気にしたい…。そんな欲望はずいぶん前からあったのですが、場所的な問題、予算の問題などをなかなかクリアすることが出来ず、実現させることは半ば諦めていたのでした。

会場をほとんど無償で提供してくださった、会場のお店のオーナーＳさんのご好意がなかったら、このようなわがままな私の要望を満たす音楽塾はとても実現できませんでした。Ｓさんは私の意向に賛同して、週に唯一の貴重な定休日を快く開放してくださったうえ、毎回講義が終わった後のティータイムにはコーヒーを出してくださって、音楽塾のリラックスしたムード作りにお心をくだいてくださいました。恐縮しながらお礼を申し上げたら、「いえいえ、僕自身がすごく楽しかったんですよ…」。確かに、Ｓさんは毎回熱心にメモを取りながら、楽しそうに講座を聴いて下さっていました。「クラシックがこんなに楽しめるものだとは思っていませんでした。もっともっと、いろんなものを聴いてみたいですね」。Ｓさんには本当に感謝あるのみです。ありがとうございました。

クラシックに限らず音楽が大好きなＨ氏は、無遅刻・無欠席の皆勤賞でした。「いや～、実に素晴らしい内容の講座ですね。日本でも珍しいんじゃないかな？」という、もったいないようなお褒めの言葉に、単細胞な私はどんなに励まされたことか。そのほか、親子（母娘）でご参加くださった、つい見とれてしまうようなお二人、少女のようにはにかみながらシューマンの『子供の情景』をご紹介くださった60代の女性の方や、お忙しい中時間を工面してご参加くださった、ヴァイオリンを教えていらっしゃるＴさん…。いつの間にかティータイムのときのお茶菓子を、誰からともなく持参してくださるようにもなって、本当にいい雰囲気でした。「こんな素敵なグループに参加できて、幸せだったわ」「これでもうおしまいなんて、名残惜しい…」「なんだかさびしいわねぇ」私はというと、そんなふうにおっしゃって頂いて、嬉しいやら寂しいやら…。

人と接すること以上に得られる“学び”はないのではないか、と改めて思います。それにしても、こんなに素敵な方々とお知り合いになれたのは、神さまが下さったご褒美？…いえいえ、こんなすごいご褒美をいただけるようなことは、何一つしていませんもの、それは違います。きっと、あまりに私が未熟で、まだまだ学ぶべきことがたくさんあるので、神さまがこのような出会いを下さったのだと思います。

レコーディングも音楽塾も終わり、いつの間にか外もすっかり秋めいてきて、今、めずらしく心にちょっとすきま風が…。でも、そのすきまをぬうようにして（？）、「きっとまた新しい出会いがある！」と、ちゃっかり夢みている私です。</description>
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         <pubDate>Fri, 19 Sep 2008 19:56:22 +0900</pubDate>
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         <title>第394回　はだしでベーゼン</title>
         <description>ときおり、世の中にはふたとおりの人がいるような気がすることがあります。修学旅行や運動会など、学校での団体行動を楽しめた人と、その反対の人です。

周囲には、何かと行動を制限されたり、皆と同じことを強要されるのが煩わしくて、皆で一緒に何かをするのは好きではなかった、という前者の人もいますが、私はその反対でした。皆と一緒に何かをするのは、煩わしいどころか大好きで、楽しみで仕方なかったのです。先生もそんな生徒をちゃんと見ていて下さったみたいで、何かと班長やら係りやらを仰せつかったりするものだから、さらに張り切ってしまい、結局張り切りすぎて疲れてしまったり気持ち悪くなってしまう、ということにはなりがちでしたが…。

先月末に新潟で行なわれたセミナーでは、10代から30代の素敵な生徒さんたちに囲まれてとても充実した時間を過ごすことができました。アンサンブルのリハーサルを進める上での注意やら実践について、講座をしたり、実際に公開レッスンを行ないながら、私自身の中でも何かがクリアになったり、何かに気づくきっかけを得たり…。人が成長するためには人のちからが必要なんだなぁ、と、改めて感じたのでした。

さて、昨日、ソロアルバム第二弾のための、二日間のレコーディングが終わりました。気持ちのよい秋晴れと、美しい星空に恵まれた二日間でした。

駅から会場まで歩きながら、昨年の春に訪れたピレネーの山々や、秋に両親とドライブにした、雄大な八甲田山の紅葉を思い出していました。それは、ちいさな心配やら、取るに足らない気がかりなことなんて、いつの間にやらどこかに飛んでいってしまうような圧倒的な自然の佇まいでした。

初日、駅前でディレクターの町田さんと会い、一緒に会場のホールに入ると、すでにエンジニアのイチローさんが前回同様、マイクを何本もセッティングして待ち構えていました。ステージ脇に設置された複雑な機材や、目がまわりそうなワイヤーの数々…。コンサートの時とは明らかに違う、一種異様な景色なのですが不思議と違和感は感じません。むしろ、二年前と同じメンバー、同じ会場だったからか懐かしいような気持ちさえ沸いてきました。「ここのお昼、ちょっと楽しみなんだ」「そうそう、パンのバイキングが充実しているんですよね！」リラックスした雰囲気の延長線上で、レコーディングが始まりました。

開始直後のことです。「ペダルの音が入っています」と、エンジニアのイチローさん。「足のほうですか？」「いえ。ダンパーがリリースされたり降りたりするときの擦れ音です」一瞬緊張がはしり、全員でプレイバックをチェックします。「う～ん、このくらいはいいんじゃないかな。どうしても発生する音だしね。」と、町田さん。残響を多く入れるよりも、近くで親しく、クリアな音で聞いているような感じに録りたかったのですが、そういったノイズ（？）を避けようとマイクを遠ざけるとやはり、ボディーの弱い印象の響きになってしまうのです。それにしても、高性能マイクの集音能力のすごいこと…。

「靴、脱いで弾いてみようかしら」「あ、それいいかもしれないね」ステージの上で“はだし”でピアノを弾くのは初めての経験でしたが、やってみると余計な雑音もしないしリラックスもできて、これがなかなか気持ちがいいのです（コンサートではできないことですが）。

「レコーディングの時には、服装とかゲンかつぎとか、何かこだわっていること、あるんですか？」レコーディング直前、よく行くお店で友人に聞かれました。「どうでしょう…特に何もないと思います。服装に関しては、とにかくラクな格好、ということくらいで…」今回も、ぺったんこの靴（結局これも、脱いでしまいましたが）に、ティーシャツとパンツ。腕が疲れないよう、リュックサックを背負い、髪がバサバサするのが嫌いなので帽子を被って…と、誰がどう見てもハイキングに来た人にしか見えないような出で立ちです。そういえば、前回も同じような感じだったな、と思い出して、なんだかおかしくなってしまいました。

「いつもの美奈子さんのように、ステキな演奏ができますように…」その質問の主は、翌朝、短いメールをくれました。彼女にはいつも、肝心なところで大きな励ましをもらっています。

「はい、これ」ポケットから体長4センチほどの小さな人形を出して、ぶっきらぼうに手渡してくれた友人もいました。「わぁ、かわいい弁天さま…」穏やかな表情を浮かべ、心持ち首をかしげて少し前かがみに構えて琵琶を掻き鳴らしています。「原語ではサラスバティーといって、“聖なる河”の意味なんだって。河の流れる音から音楽の神さま、ということになったとか…」「知らなかった。原語って、サンスクリット語よね。サンスクリット語って、とてもきれいな言葉だっていうイメージがあるなぁ。ナマステ、も“あなたを尊重します”とか“あなたに感謝します”っていう意味だって聞いたことがあるし…」そう言いながら、いい言葉だなぁ、と、ふと、感じ入ってしまいました。レコーディングにも、自然体で臨んでね、というメッセージをもらったような気持ちになりました。

レコーディングは、初日に12曲すべてを弾き終え、二日目には皆でプレイバックを聴いて、気になったものだけをいくつか録りました。いつものとおりにピアノに向かえたのは、はだしで弾いたから…ではなく、周りの人々がたくさん支えて下さったおかげです。関わってくださった皆さま、そして二日間相手をしてくれたベーゼンドルファーさん、ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。ナマステ！</description>
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         <pubDate>Thu, 11 Sep 2008 05:47:26 +0900</pubDate>
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         <title>第393回　片恋がステキ！（其の二）</title>
         <description>みつはしちかこさんといえば、私が産まれる前から現在に至るまで連載が続いている『小さな恋のものがたり』や、かつて朝日新聞の日曜版に掲載されていた『ハーイあっこです』で広く親しまれている漫画家です。

『小さな恋のものがたり』の主人公チッチは、背が低くておっちょこちょい、運動も苦手だけどお料理や編み物が得意な、いかにも漫画の世界の女の子…という設定なのですが、少女時代にはその風貌の愛らしさや、ところどころに挿入されるチッチの“詩”が切なくて、そして絵があまりにもきれいで、つい感情移入して読んでしまったものでした。

絶版になっているみつはしさんの本を、ひょんなことから手に入れました。『片恋がステキ!』（立風書房）という、いかにもみつはしさんらしいタイトルの、可愛らしい挿絵がたっぷりのエッセイです。

“人というのは、私にとって、永遠の恋の対象です、永遠の謎です。知らないから知りたい、と思うし、知れば知るほど奥深くて、恋をすることは私にとって、宇宙旅行をするようなものなのです。/ですから、人に馴れるということはできません。/人は、いつも不思議で神秘な存在です。/たとえ、何十年も一緒に住んでいる連れ合いでも、私にとっては、日々新鮮で不思議な人なのです”

残念ながら、私はみつはしさんのように、いくつもの恋を通して自らが成長する機会や、何十年も一緒にいる連れ合い…という存在には恵まれてきませんでしたが、それでもなんとなく分かるような気がします。考えてみると、彼女のいうところの“人”というのが、私にとっての“音楽”なのかもしれません。

ものごころついた頃からずっと思いつづけているものの、なかなか両思いにはなれませんし、恐らくこの先もなることはないのではないか…という気がしています。そんなことに気づいたのは、生徒さんのレッスンをしていたときでした。

「頭では分かっているのですけど…出来るかしら～」「ああ、出来ない～！」その方はとても熱心だし、よくお弾きになるのですが、しばしば出来る、出来ない、という言葉（特に後者）を、レッスンの時によく口にされるが、心のどこかに引っかかっていました。そしてある時、ついにたずねてみました。

「○○さん、“出来ない”をよくおっしゃるけど、出来るかどうかが大切なのではないと思うのです。あまり気になさらないでくださいね。そもそも、出来ない、ということは、出来る、が意識されるから存在することですよね。でも、何をもって“出来た”なのか、って、実は深いことだったりしませんか？音が弾けたから“出来た”とは限らないし…。私も、自分が“出来ている”なんて思っていないんです。ずうっと片思い（笑）。でも、出来るかどうか、よりも、やってみること、そしてそれによって少しでも前に進むことに、もっと大きな意味があると思うのですが…どうでしょう？」

その方は、素晴らしい理解力と向上心に満ちていらっしゃって、「そうですね。すぐに結果を得ようとしなくてもいいのですよね。…そう考えたら気が楽になりました」と、笑顔で同意して下さったけれど、あとから考えたら年下なのに随分生意気なことを言ったものです。

その時、言いながら思っていました。「ああ、きっとこれからもずっと、音楽に片思いし続けるんだろうなぁ」と…。

ソロアルバム第二弾のレコーディングが、いよいよ来週に迫ってきました。ドビュッシーの“月の光”や“バラード”、フォーレのノクターンやラヴェルの“亡き王女のためのパヴァーヌ”や“クープランの墓”…。どの作品もまぶしいほど素敵で、輝いていて、まさに憧れのセンパイのようです。

曲を知れば知るほど、もっと深く知りたいと思うし、弾けば弾くほどに思いはつのるばかり…。『小さな恋のものがたり』のチッチのように、なかなか振り向いてもらえそうにありません。でも、たとえ何十年も連れ添った人だって、そう簡単に“理解”できるわけではないのだし、第一、自分で言っていたように“出来る（叶う）”かどうか、が重要なわけではないのでした。できるだけのことを、精一杯するのみです。

え？それじゃちょっと言いわけみたい、ですって？う～ん、確かに…。レコーディング直前につき、どうかご勘弁を！</description>
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         <pubDate>Fri, 05 Sep 2008 20:56:15 +0900</pubDate>
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         <title>第392回　生きることは愛でること</title>
         <description>北京オリンピックも終わり、暑かった夏もいよいよ大詰め。私の住み家のある千葉でも、朝や夕方には涼やかな風がふくようになってきました。ここまで来れば、秋もすぐそこです。

「食欲のないときも、これならもりもり食べられますね」「今週は夏バテ解消メニューのご紹介です」お料理番組でも、夏になると毎年のように食欲不振を克服するメニューを提案する特集がくまれたりますが、私にとっては夏バテはともかく、食欲不振、というのはどうも馴染みがない存在です。だって、朝早くから太陽が輝き、気温がぐんぐん上がってトマトもトウモロコシもゴーヤも美味しくなるし、早くも北海道あたりからの新秋刀魚が出回り始めて、スイカや葡萄、桃などの果物が旬を迎えるこの季節。どうして食欲が落ちることがありましょう。（真夏にすき焼きやお雑煮を食べたい、とは思いませんが、“モツ煮とよく冷えた生ビール”なら大歓迎！）

おかげでこの夏も夏バテ知らずの絶好調でしたが、それが秋になったらまぁ、どうなることか！里芋にサツマイモ、栗にきのこ。旬のお魚はますます種類が増えるし、千葉名産の梨もどんどん出てきます。何より、秋といえば新米、新酒の季節でもあるのです。

最近、巷では、やれ成人病だメタボリック症候群だ…と、“美味しいものを食べる”という、私のような小市民の（？）ささやかな楽しみまでもが脅かされるような恐ろしげなコトバが囁かれていますが、美味しいものが身体に悪い働きをするなんて、どうしても思えません。問題があるとしたらそれはむしろ、食べ方、摂取の仕方にあるのではないでしょうか。栄養バランスを無視して極端な偏食をしたり、量を採り過ぎたりしなければ、どんな食材もきっと身体に悪い影響なんてないと思うのです。

そして、意外に大切なのは、それらの食べ物をどんなふうに、どんな気分で頂くか、なのではないでしょうか。一人でも家族や友人とでも、楽しんで食事ができればきっと、栄養の働きや身体への吸収率は倍増するのではないかと思うのです（科学的・医学的な根拠はないのですが、なんとなく）。

そうそう。先日、美容の専門家とお話する機会がありました。始めは間違ったスキンケアについて、やら、本当に肌に良いこととは、肌にすべきこととはどんなことなのか、などについての話題だったのですが、「でも、確かにノウハウは色々あるけど、私の尊敬する上司が言うには、結局一番大事なのはコスメよりもメンタルな部分だそうで…。彼女曰く、“美容のために化粧品以上に大切なのは、肌だけでなく身体の中や心に栄養をどう与えるか、なの。食べ物もそうだけど、美味しいものを楽しく食べること、これが美容の基本なのよ”って。ちなみに彼女は今、68歳なんだけど私よりも肌がきれいで、もう、すごい説得力なんですよね」

確かに、美味しいものを食べることや芸術に触れることとは、言い換えれば耳、目、鼻、舌、感触…まさに五感でそれらを“愛でる”行為です。私たちが美味しいものを求めるのも、豊かな芸術に触れたいと思うのも、それらを“愛でる”ことが心に栄養と元気を与えてくれることになる、と、潜在的に理解しているからなのではないでしょうか。“愛でる”というのは“愛する”ことでもあります。とすると、人は“愛でる”ために生き、生きるために“愛で”、さらに“愛する”ことを求めていて、“愛する”ことで幸せになる…ということになります。嗚呼、人間とはなんと素晴らしい生き物なのでしょう！

これは是非、心と身体の健康のためにも、そしてシアワセのためにも、来る秋の旬の食べ物（旬の飲み物？も！）も、たっぷり頂かなくては。しかも、思いっきり楽しく…。ふっふ、考えただけでも、ワクワクします。

でも、そんな美味しい秋を謳歌する前に、9月に入るとすぐ、レコーディングが待っているのでした。9,10日の二日間でフォーレ、ドビュッシー、ラヴェル、そしてセヴラックのピアノ作品全12曲を録りきらなければならないことになっているのですが、う～ん、どうなることやら…。今回は何年も前から弾きたいと思い続けてきた、あまりにも好きな曲ばかりなので、好きがゆえの畏敬の念のようなものが先にたってしまい、恐いもの知らずだった前回のように“楽しみ半分、不安が半分”というよりも“心配が半分、不安が半分”という感じなのです。

いやいや、弱気になってはいかんいかん。レコーディングが終わったら、秋の美味しいご褒美が待っているのだ！9月10日が終われば気分はバカンスよ。こうなったら、馬面ニンジン作戦で乗り切るぞ！

（＊8月29日の更新は新潟でのセミナーのため、お休みいたします。次回の更新は9月5日の予定です。）</description>
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         <pubDate>Sun, 24 Aug 2008 22:05:42 +0900</pubDate>
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         <title>第391回　“平気”を味方に</title>
         <description>「おとなというものはどんなに苦労が多くても、自分の方から人を愛していける人間になることなのだと思います」

この美しい言葉は、絵本画家のいわさきちひろさんによるものです。ちひろさんというとパステル調の柔らかくて優しい色彩の子供の絵が目に浮かびますが、一方では自らも熱心な共産党員として、共産党議員の夫を支え続けた、芯の強い一面もありました。また、『戦火のなかの子どもたち』『母さんはおるす』など、戦争をテーマにした絵本も手がけ、平和の大切さを訴えていらっしゃいました。

前者は、ちひろさんの亡くなる前年に出版された彼女の最後の絵本で、表紙に描かれている暗い眼をした少女の表情がなんとも痛々しい本です。後者はベトナムが舞台。母さんは戦場に出かけていて家にいないけれど、母さんに似ているところを競ったりしながら、母さんをいつも身近に感じて健気に生きている幼い姉弟たちの姿を描いた、ベトナム人作家による物語にちひろさんが挿絵を描いたものです。

大なり小なり、人間は過ちをおかすものですが、過ちをおかさないようにするためには何が過ちだったのかに気付き、それを繰り返さないように努力することや、そのことを忘れずに胸に留めておくことが大切なのだ、と、頭では理解しているつもりです。ただ、自分がそれをきちんと実行できているかといわれたら、あまり自信がありません。

「あら、○○ちゃん、楽譜のここに、クレッシェンドって書いてあるわよ。クレッシェンドはどうすることか、分かるわよね？…じゃ、やってみましょう。せっかく知っていても出来ていなかったら、『あれ？このお友達はクレッシェンド知らないのかな?』って思われちゃうものね」普段のレッスンでつい、生徒さんに言ってしまうことですが、言っている自分はどれほどできているのかしら。知っていても、分かっていても、それが行動に結びつかなかったら何にもならないのに…。我ながら、頼りない限りです。

人間は、子供ができて親になることから成長し、本当の愛情を知って、自然にちひろさんのいう“おとな”になっていくのでしょう。そんな光栄な機会に恵まれていない私は、なかなかきちんとしたおとなにはなれそうにないけど、こうして生徒さんや周囲の人とのやりとりの中から、少しずつでも何かに気づき、学び、成長していきたいものです。

今日はとても暑い一日でした。わがマンションは、その名も“ハミングロード”という、八千代市きっての（？）美しい遊歩道に面しているため、普段は子供たちの声や三輪車を引きずる（！）音などで大賑わいです。でも、なにぶんにもこの炎天下…さすがに日中は人通りも少なく、窓を開けると子供たちにかわって蝉の声が舞台の主役を張っていました。夕方、少し風がでてきたので外にでてみると、乳白色の美しい月が満月に限りなく近い“輪”を模っていました。その優しい“輪”のシェイプは“和”を連想させ、“和”は穏やかさ、安らかさ…つまり、“平”を喚起させます。なんて“平和”なかたちなのでしょう。

“平”という文字はもともと、水面にひらたく浮かぶ水草の形を表わしているのだそうです。ちなみに、“平気”とは、平和な気、や、平静な、落ち着いた気持ちを意味するのだとか。“平気”でいるって、大切なことだったのです（特に、なにかというとすぐにぐらぐら大騒ぎしてしまう、私にとっては…！）。

先日、来月レコーディングするホールでの打ち合わせがありました。思いがけず、ホールの係りの方から「調律の方は、鈴木さんのご要望には答えられません。こちらの指定の業者さんの方で、やっていただくことになっておりますので」と宣告され、びっくり！「調律の方に関しては、ホール申し込み時に確認して、そちらのご承諾を得ているのですが…」「そんなはずありません」「希望の調律師の方のお名前をお伝えして、しばらくしてから、折り返し担当の方からＯＫのお返事のお電話を頂いていますよ。記録があるのではありませんか？」「確かに、そのお電話は私がお受けしましたが、担当がそう返答するはずないのですが…」「はずがない、とおっしゃっても…」泣きたい気分でした。

調律はとっても大切なので、勿論、きちんと確認してから進めてきました。この期に及んで、だめです、と言われても、お願いしていた調律師の方にも申し訳ないですし、レコーディングで初めての調律師さんとお仕事するのも心細いことです。そういえば、駅からホールまでは徒歩10分ほどの距離なのですが、にわか雨に降られてびしょぬれになってしまいました。なんだか先行きが危ぶまれ、色々な心配がどっと押し寄せてきました。

でも、これしきのことで“気”を乱していてはノンノン！…でした。大和なでしこたるもの、こんな時ほどデンと構えていられなくっちゃね。少しぐらいなにかあったって、気持ちの持ちようです。平気よ、平気。大丈夫。

…と、ちょっぴり気づいて心の鍛錬をしたつもりになった、今年の終戦の日でした。</description>
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         <pubDate>Fri, 15 Aug 2008 21:09:10 +0900</pubDate>
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         <title>第390回　七夕の願いごと</title>
         <description>仙台では、一ヶ月後れて今頃が七夕祭りです。織り姫様と彦星様が年に一度、会える日…という、ロマンティックな背景とは裏腹に（？）、仙台ではアーケードを彩る数え切れない七夕飾りのほか、その前夜に地域で最も盛大な花火大会や、豪華なパレードだの雀踊りだのと、盛りだくさん。一年で最も賑やかな三日間になります。

花火も、優雅な長い吹流しの七夕飾りも素敵なのですが、個人的にはこの行事のメインは、願いごとを書く“短冊”です。願いごとを書き出す…これは実は、とってもいいことなのではないかと思っています。自分がどうなりたいのか、とか、何をしていたいのか、を、改めて問ういい機会になりますし、声に出す（紙に書く）ことですでに少し、実現に近づいたような気持ちにもなるというものです。

高校三年の時、リクルートという会社からの奨学金を得るための論文を仕上げたことがありました。一次審査でこの論文が通ったら、二次試験の面接があり、それに合格すると年間、確か200万円くらいの奨学金を取得できる、というものでした。ただし、論文審査に合格するのは全国で約25名、奨学生になれるのはその中でも数人のみ。但し、その年度に現役合格しなかった場合は無効になる…という条件だったように記憶しています。

論文は、原稿用紙15枚だったか20枚だったか…。いずれにしても、それほど大きなものではなかったとはいえ、当時の私にとってはかなり大変なボリュームでした。確か、『大学に入って何を学びたいか』というようなテーマでした。どういうわけだか、同じ高校から受けたもうひとりの友人につられて（？）、論文審査に合格してしまいました。

合格者は東北地方からは4～5人ということで、当時のリクルート仙台支社の一室で、その面接は行なわれました。面接、というもの自体にほとんど経験がなかったので、ひどく緊張したのは覚えていますが、緊張のせいでどんなことを質問されたか、ほとんど覚えていない…という情けなさです。ただ一つ、覚えているのは、唐突に自分から口にした次のセリフ。「わたし、夢があるのです」

考えてみたら、相手に聞かれたわけでもないのにこんなことを切り出すなんて、まったく見当はずれのおかしなことです。それでも面接の試験官は、怪訝そうな表情を浮かべながらも、「ほほう？どんな夢ですか？」と、一応、尋ねてくれました。

「学校を作りたいんです。文化や芸術について、高いレベルで広く学べるアカデミーのような学校を、たとえば仙台のような地方都市に。…地方に住んでいると、どうしても教育機関の選択肢が限られてしまったり、結局大変なお金を使って東京で学ばなければならないことになってしまっているのが現状だと思います。それに、音楽を深く学ぶためには、音楽や専門の楽器についてだけでなく、他の芸術や様々な国の文化を理解していた方がいいと思うのです。ですから、音楽を学ぶ学生も、美術や舞踊、他の文化についてなどを、自由に選択できるようなカリキュラムにして…。しかも、学ぶ意欲のある学生には授業料がかからないようなシステムをつくれたらと。」

この瞬間、試験官の方に、いま流行の言葉でいうところの“ドン引き（相手に突飛なことを言われたりされたりして、思わずひるむこと）”されてしまいました。何の具体策も金策も経験も実績もない女子高生がいきなりこんな大きな夢を語っても、説得力があるわけがありません。結果は落選。無理もないことです（後日、この奨学生に、いまだかつて音楽や芸術関連の大学の奨学生は合格したことがなかった、という話も聞きました）。

でも、この夢は私の心の引き出しの奥の奥に、今もこっそり…でも、大切に、保管されているのです。まるで、決して捨てることができない、学生時代にやりとりした親友からの手紙のように。

規模は小さくても、いつかそんなアカデミーが作れたら、どんなに楽しいでしょう。科目は文化、芸術関連。とはいっても堅苦しいものではなくて、音楽、美術や工芸、デザイン…幅広く芸術について学べて、しかもその中には日本の伝統的な美術や、生活を楽しむための陶芸、フラワーアレンジメント、ガーデニングや家庭菜園の楽しみ方、料理についての講座も網羅されていて…。生徒さんは、原則としてに年齢制限なし。巷のカルチャーセンターと一線を画すのは、地域に根付いたものであること。

最も問題なのは資金面。こればかりは私にはまったくどうしたものか、見えてこない部分なのですが、例えばある講座の講師を務めたら他の講座を無料で受講できる…なんていうシステムを導入にしたら、どうでしょう？…なんて、こんな経済観念の乏しい頭でいろいろ考えてみてもまったく現実味はないのですが、当の本人はわくわくと楽しい気持ちになってきます。

「学校をつくりたいんです。」七夕に免じて、もしも願いごとがゆるされるなら、今もやはりそんな夢を口にするかもしれません。…と、いうことは、高校三年生からこれまでの間、ほとんど成長がないということ？う～む、確かに、それは事実かもしれないなぁ。でも、実はまんざら残念な気もしていません。だって、少女の頃と同じ夢を今も抱いていられるなんて、悪いことばかりではないような気がしませんか？</description>
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         <pubDate>Fri, 08 Aug 2008 09:32:22 +0900</pubDate>
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